「あんなにやらせなくてもよかった」
安浪:受験が終わってから親御さんから「先生、食事でもご一緒しませんか」とお誘いいただくことがあるんですが、多くの親御さんが「あれは教育虐待だったかもしれない、あんなにやらせなくてもよかった」って、口を揃えておっしゃるんですよね。
矢萩:僕は大手塾時代に時々子どもたちに勉強や生活に関するアンケートをとっていたんですが、最後に「親に暴力を振るわれたことはあるか」「それはいつか」と聞いていたことがあるんです。そうするとクラスの4分の3ぐらいが2週間以内に手を上げられたり、物を投げられたりしていました。もちろん度合いはあると思います。でも、中にはバッサリ切られた塾のカバンを持ってきた子もいて。「これどうしたの?」って聞いたら淡々と「親に刃物で切られた」とか言うんですね。たぶんもうお互い麻痺しちゃっている。
安浪:よく私は親向けのセミナーで「秋からは自分が知らない自分が出てくるから注意してください」と話しているんですが、まさにそれですね。
矢萩:そんなの手加減しているし、ちょっと脅しのためにやったんです、って親本人は思っていると思うんですが、はたから見れば普通じゃない状態になっていますよね。閉鎖された空間で、親子で追い詰められてしまう怖さです。普通に理性を保つことがすごく大事なんです。
安浪:今年の春、大学生になった教え子に会ったとき、その子が6年生の時の模試を見せたんです。彼女は難関国立大に進学したので全教科勉強しているんですが、理科の問題を見て「これ、今の私でも解けないかも」と言っていました。でもあの時は、これ解けない、偏差値53だ、とかピーピー言ってたんだよね、と言ったら「もう狂ってますね」ってドン引きしてました。でも、渦中にいるとわからないんですよね。
矢萩:やはり受験をしたからには「やってよかった」「この学校に行ってよかった」という経験をしてほしいです。僕自身もそうなんですが、周りにも「行かないほうがよかった」と言っている人は一定数います。それはすごくもったいないです。僕は自分の経験をプラスに転じられるようにしたい、と思って教育業界に行ったのですが、全員が全員プラスにできるわけではないし、やはりやらなくていい経験もありますから。
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