税金や社会保険料負担を避けるため時間を抑えて働く「年収の壁」。女性の就労を阻害し、女性労働者を分断する要因とも指摘されている。AERA 2023年3月13日号の記事を紹介する。

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 野村総合研究所(NRI)未来創発センターが昨年9月、パートもしくはアルバイトとして働く全国の20~69歳の有配偶者の女性を対象に行った調査で、「年収額を一定の金額以下に抑えるために就業時間や日数を調整(就業調整)している」と回答したのは61.9%。このうち、「働き損」がなければもっと働きたいとする人は、「とてもそう思う」(36.8%)と「まあそう思う」(42.1%)を合わせて約8割に上った。調査を担当した武田佳奈研究員はこう解説する。

「『年収の壁』を超えて働けば、増えた収入が打ち消されたり、世帯収入が減ってしまう『働き損』にもなりかねません。かといって、これを取り戻すほどに年収を上げるには、労働時間を大幅に増やす必要が出てきます。そのため非正規雇用者、特にパートタイム労働者の大半は『働き損』が生じない範囲に年収を抑えようとします」

「年収の壁」は、働くほど保育を利用しにくくなる問題もはらむ。同センターの試算では、「年収の壁」のうちでも最も多くの人が意識する年収100万円を上限とすると、現在の平均時給である1263円で働けるのは月66時間まで。一方で、国が定める保育の利用が可能となる保護者の就労時間の下限は48~64時間。このまま時給が上昇していくと「年収の壁」を超えない範囲で働ける時間はさらに短くなり、間もなく64時間を割り込む。国をあげて「もっと働いてください」と呼びかけているにもかかわらず、長く働くと「働き損」になり、さらには子どもを保育所に預けられなくなるかもしれない、というわけだ。武田さんは言う。

「『年収の壁』は、夫が働き、妻が家庭を守るという考え方が一般的だった時代に、所得のない専業主婦にも年金を受け取る権利を与えようと生まれた経緯があります。しかし、共働き世帯の数が共働きでない世帯の数を上回り、夫婦がともに働いて家計を支えることが珍しくなくなりました。実態の変化に制度の変化が追いつかず、こうした大きな矛盾が生じてしまっています」

「年収の壁」は年金受給額にもはね返る。

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