姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史

 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 今回の参院選は、生活防衛選挙だったと言えます。ただし、極端な物価上昇は9月以降になると思われますから、選挙のタイミングとしては微妙な時期です。選挙戦たけなわの現時点では選挙結果は予測するしかないですが、投票率はさほど伸びず、かなり与党に有利な選挙結果になるのではと予想しています。32ある1人区での野党の選挙協力が11区にとどまり、岸田政権がそれなりの支持率をキープしていること、さらに安全保障への不安が高まった時には政府・与党に靡(なび)きやすい傾向などを勘案すると、そうした予測にならざるをえません。ただ、生活防衛意識は切実で、インフレ対策で決定打を出しているとは言い難い岸田政権への批判が番狂わせの結果として表れるかもしれません。

 今回の参院選の結果が、岸田政権の中間的な評価となるわけですが、岸田首相は「外交の岸田」をアピールするかのように、G7やNATO首脳会議など外遊をこなし、安全保障や防衛政策について精力的な活動を行い、しっかりと外堀を埋めています。

 選挙中にもかかわらず、外遊に力を入れるということは、自民党総裁があえて選挙活動に出なくても、安泰という読みもあったからでしょうか。

 外堀を埋めた後は、内堀をどうするのかという問題が浮上します。そこに出てくるのが、日本の防衛力増強と憲法改正の問題です。もちろん、そうした問題に慎重な公明党やむしろ積極的な日本維新の会の伸び方次第では、紆余曲折(うよきょくせつ)も予想されますが、ポスト参院選は本格的にこの問題がアジェンダとして出てくることは間違いないでしょう。

 岸田総裁を支える宏池会は、安全保障や防衛力、あるいは憲法改正の問題では、自民党内では慎重なスタンスをとる派閥という印象が強いかもしれませんが、それは覆されそうです。次の国政選挙まで3年。岸田政権は長期政権への軌道に乗ろうとしています。安倍元首相の息のかかった防衛事務次官の更迭と新人事をめぐる岸田氏と安倍氏の「暗闘」も、岸田政権が独り立ちしつつあることの自信の表れかもしれません。岸田流で安倍元首相もなし得なかった防衛力増強と憲法改正のレガシーを残したいのでしょうか。

◎姜尚中(カン・サンジュン)/1950年本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

AERA 2022年7月18-25日合併号

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姜尚中

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姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

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