り・ことみ/1989年、台湾生まれ。2013年、来日。15年に早稲田大学大学院修士課程を修了。21年『ポラリスが降り注ぐ夜』で芸術選奨新人賞、『彼岸花が咲く島』で芥川賞受賞(撮影/写真部・加藤夏子)
り・ことみ/1989年、台湾生まれ。2013年、来日。15年に早稲田大学大学院修士課程を修了。21年『ポラリスが降り注ぐ夜』で芸術選奨新人賞、『彼岸花が咲く島』で芥川賞受賞(撮影/写真部・加藤夏子)

 合意出生制度で胎児の出生の意思確認に使われるのは、生まれてくる子どもの人生の生きづらさを評価する「生存難易度」だ。性別や性的指向、国籍、先天性疾患の有無や知能指数、親の経済的状況や親との相性などさまざまなパラメーターを複雑に掛け合わせて算出されるもので、10段階で示される。この制度では、妊娠9カ月になったら、その数値を特別な装置で胎児に伝え、胎児がその数値を手掛かりに、生まれたいか生まれたくないか意思を示す仕組みだ。胎児がもし「拒否(リジェクト)」の意思を示した場合は「出生取消手術(キャンセル)」、いわゆる人工妊娠中絶を行うことになる。胎児の意思に反して出産した場合は、「出生強制罪」に問われる。

「現実社会でも、インドに住む男性が、自分の同意なしに自分を産んだとして、両親を訴えようとする事例がありました。画期的な事例です。『反出生主義』という哲学的な思想も広がっています。安楽死が議論されている以上、死の次は生。もし、技術的に胎児の意思確認が実現できたら、合意出生制度はわりとすんなりできそうな気がしなくもないです」

■「自分が選んだ」が支え

 作品の舞台は、合意出生制度ができて28年たった世界だ。制度ができた後に生まれた主人公・彩華がこう語るシーンがある。

《どんな挫折も耐えてやろうという気持ちになれたのは、この人生は他でもない、自分が選んだものだからだ。この人生は始まりから終わりまで、丸ごと自分のものなのだという事実が、私を支えている》

《意思を確認されず、あるいは意思に反して生まれてきた子供たちが辛いことに遭った時、一体何を心の支えにしていけばいいのか、私には想像もできない》

 幼いころから、この制度を心の支えとしてきた主人公だが、自身の妊娠を通して、これまで理想的だと思ってきた制度へ疑問が生じ、何が正しいのか、何を信じればいいのかわからなくなってしまう。

「自分が信じて疑わなかったことが、自分が違う立場になってしまった途端に揺らいで見えることは、現実社会でもよくあることかもしれません。マジョリティー側にいる人にはマイノリティーの存在が見えていない。その世界に想像も及んでいないし、自分がそちらに行くことを想像もしていない、ということはよくあります」

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