六角川の氾濫で、一面が水に浸かった佐賀県大町町。深さは一時3メートルに及び、道路は寸断され、孤立した住民のボートでの救出が続いた/8月15日、朝日新聞社ヘリから (c)朝日新聞社
六角川の氾濫で、一面が水に浸かった佐賀県大町町。深さは一時3メートルに及び、道路は寸断され、孤立した住民のボートでの救出が続いた/8月15日、朝日新聞社ヘリから (c)朝日新聞社

 近年、日本各地で増加している水害や土砂災害。被災者を出さないために行政も様々な取り組みを行っている。その一つが江東5区の試みだ。一方で専門家は一人ひとりの当事者意識も重要だという。AERA 2021年8月30日号の記事を紹介する。

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 行政も対策に乗り出している。

「ここにいてはダメです」

 19年5月、東京都江戸川区が11年ぶりに改訂した「水害ハザードマップ」の表紙中央に浮かぶこのフレーズが反響を呼んだ。

 江戸川区を含む墨田区・江東区・足立区・葛飾区は「江東5区」と呼ばれ、海面水位より低い「ゼロメートル地帯」が広がる。巨大河川の荒川や江戸川が流れ、人口約260万人のうち9割超の250万人が浸水想定区域に住んでいる。仮に荒川が決壊し排水が間に合わなくなると、江東5区のほとんどが水没し、電気水道などライフラインが使えなくなり2週間水が引かない。そこで江東5区では水害時には「広域避難」、つまり区外に避難するよう呼びかけた。

 広域避難の狙いを、江戸川区防災危機管理課の本多吉成(よしなり)課長は、こう説明する。

「建物の高層階に逃げる垂直避難で区内にとどまった場合、トイレも水道も電気も使えない状況で2週間近く生活を続けるのは困難。不衛生なため感染症の心配もあります。しかも、内閣府の試算では自衛隊や消防などを総動員しても、救助できるのは1日2万人が限度。そうした点から、浸水の恐れのない安全な区外への避難を推奨しています」

 ただ、250万人が一度に避難すれば大混雑や大渋滞が発生する。計画運休により鉄道がストップすることも考えられる。そこで江東5区では、大規模水害の危機が迫る3日前に情報を発表し、2日前には自主的広域避難を呼びかける。

「行政の役割の一つは、正しい情報の発信。その際、避難情報の空振りが問題になりますが、『空振り』ではなく『素振り』ととらえ、本番に備えた訓練だと考えてほしい」

 と語るのは、東京大学大学院の片田敏孝特任教授(災害社会工学)だ。

 江東5区の広域避難のアドバイザーも務める片田特任教授によれば、日本は「災害過保護」に陥っていると指摘する。

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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