この日、桑原がネットで発信するための動画を撮影していたのは、韓国人男性会社員の趙時煕(チョ・シ・ヒ)(46)。趙はソウル市内の大学1年生だった1993年の夏休み、旅行で初来日し、先進国としての気品に満ちた雰囲気に魅了された。翌年、早稲田大に入学。その後、24年間、日本に住み、日本人の妻と出会い2人の子どもに恵まれた。子どもたちに韓国語を学んでもらおうと、東京韓国学校へ進学させようとした時、校長から言われた一言に趙は衝撃を受けたという。

「子どもの安全のためにも、学校の外では韓国語をあまり喋らせないでください」

 そんな折、桑原が過去に韓国内で実施したフリーハグの動画を見て、いの一番に趙は連絡を取った。日韓が手を取り合うために、手助けできることはないか。2017年、新宿の喫茶店で桑原と初めて会った時の記憶を趙は振り返る。

「最初は正直、不思議でした。桑原さんの生き方は、ちょっと学生みたい。立派な理念を持っているけれども、異次元の人のように感じたのです」

 趙はソウルに転勤になり、一家は韓国へ。「反安倍集会」の真横で桑原がフリーハグを計画していると知り、自らカメラマン役を買って出た。
「桑原さんは『もし殴りかかる人がいても放っておいて下さい。ただ、刃物が出てきたら、その時は助けて』と笑って私に言い、目隠しをしました。不安や恐怖感は、大変なものだったと思います」

 日が暮れ、趙は何とも言えない達成感を覚えた。桑原と二人で記念写真を撮っていると、集会を終えた参加者たちに遭遇し、彼らから嬉しそうに声を掛けられた。近くの焼肉屋で二人で食事をしていると、KBSニュースが流れた。趙は「この人ですよ!」と店内じゅうに自慢した。趙の撮影した動画の再生数は、215万回にのぼった。 

(文/加賀直樹)

※記事の続きは「AERA 2020年12月7日号」でご覧いただけます。