実物を使う機会はもはやほぼなく、記号すらあまり目にしない。「(電話の)ダイヤルを回す」という表現は、近い将来完全に消えてしまうかもしれない。

 電話関連では「ガチャッと切る」も子どもたちには通じにくい。固定電話自体がなじみの薄いものになりつつあるからだ。アエラネットなどを通しアンケートを行うと、言葉ではないが「『グー』の状態から親指と小指を伸ばして『受話器』をつくり、耳に当てるジェスチャー」が通じなかったという声もあった。子どもたちは手のひらを耳に当てる、スマホのイメージに近いジェスチャーをするという。

 このように、時代の変化で使わなくなったり、変わっていく言葉や表現は多くある。東洋大学の三宅和子教授(社会言語学)によると、言葉が消える要因には大きく分けて、「事象の消滅」「流行の終わり(流行語)」「社会構造の変化」の三つがあるという。「ダイヤルを回す」は「事象の消滅」に当たる。

「道具を使わなくなったり環境が変わったりすると、そのもの自体を表す言葉を使わなくなり、付随する表現もだんだんと消えていきます。これは昔から起こっていたことですが、ファストフード、ファストファッション全盛の消費社会のなかで、言葉の消費スピードも速くなってきた。消えゆく言葉は昔以上に多くあると感じます」

■「巻戻し」は「早戻し」に

 ツイッターでは少し前、「子どもに『巻き戻して』と言ったら通じなかった」という投稿が話題になった。ビデオやカセットに使われた「巻戻し/巻戻す」という表現、媒体がテープからDVDへと移り変わっても当たり前に使っていた人は多いはず。だが、今の子どもたちにはなじみがない。各社が発売するDVDレコーダーやリモコンでは「巻戻し」という語は既に使われていない。家電量販店で確認できた範囲ではすべて、「早戻し」か記号のみの表示だった。家電大手のシャープによると、00年以前の正確な記録はないものの、00年2月以降に発売された同社製品では「早戻し」に統一しており、「巻戻し」は一切使っていないという。

 また、記者は昔、「(テレビの)チャンネルを回す」という表現が不思議だった。電子レンジも、温め終了の合図は今や多くが電子音。「レンジでチン」もいずれ使わなくなるだろうか。

 このように、事象の消滅による言葉の変化は生活に密着する分野でよく起こる。

 小林製薬の調査では、小学新1年生の約4割が和式トイレをほぼ使ったことがないという。近い将来、「和式」という言葉や「トイレにしゃがむ」という言い回しも消えるかもしれない。(編集部・川口穣)

AERA 2020年11月23日号より抜粋

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川口穣

川口穣

ノンフィクションライター、AERA記者。著書『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(平凡社)で第21回新潮ドキュメント賞候補。宮城県石巻市の災害公営住宅向け無料情報紙「石巻復興きずな新聞」副編集長も務める。

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