元朝日新聞記者 稲垣えみ子
元朝日新聞記者 稲垣えみ子
世話になっている近所のカフェで、使い捨て容器が元のマグカップに戻って嬉しい。そろそろと一歩ずつ!(写真:本人提供)
世話になっている近所のカフェで、使い捨て容器が元のマグカップに戻って嬉しい。そろそろと一歩ずつ!(写真:本人提供)

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

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 先日、人生初の「リモート講演会」なるものをした。そもそも講演そのものが半年ぶり。ことごとく中止の連絡が入る中、勇気ある団体が開催を決断されたのだ。ただ地方だったので、ホットスポット東京から講師を招くリスクを懸念されたのであろう。私が東京からカメラに向かって話をして、会場では皆様、客席を一席ずつ空け、マスク姿でスクリーンを見て頂くという形態をとったのであった。

 非常に緊張した。何しろ講演の面白さというのは、皆が同じ空気を吸うところにあるのである。1人対100人であったとしても、皆様の笑顔やどよめき、目の輝きによって予定外の話がペラペラ飛び出す。それがうまくいった時、お互い分かり合えたという深い満足に至るのである。それが物言わぬカメラに向かって一方的にしゃべるとなると、どうテンションを保っていいのかわからない。

 というわけで無理を言い、会場の様子がリアルタイムで見えるようサポートして頂いた。これは非常に助かった。何しろ私の講演は「笑いが命」である。つまりは笑いをとってごまかしているのである。それがないと話が進まないのである。なので念には念を入れて講演の最初に事情を説明し「オーバーアクションで反応を!」とお願いした。

 で、皆様非常に頑張っていただいたのだが、それでもやはり反応がわかるようでわからない。難点は二つあり、一つは会場の声が聞こえないこと。もう一つは全員大きなマスクをしていることであった。その中で、私が心の支えにしたのは客席の端にいた男性であった。この方、よく笑う。そしてマスク越しでもはっきりと笑いが伝わるのである。もしかすると単に垂れ目だったのかもしれないが、結局私は講演の間じゅう、この方を見て話し続けた。結局、講演は思いのほかウケたようで盛大にホッとしたのだが、それは私の功績ではなく、この男性のおかげに他ならない。

 人を笑わせる人もすごいけど、笑う人はもっとすごい。人は笑うだけで世界を変えることができるのである。

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

※AERA 2020年10月26日号

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稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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