エッセイスト 小島慶子
エッセイスト 小島慶子
心が疲れているとき、情報から離れたり、さりげない温かい言葉で心が元気になることがある(撮影/写真部・東川哲也)
心が疲れているとき、情報から離れたり、さりげない温かい言葉で心が元気になることがある(撮影/写真部・東川哲也)

 タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復する小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。

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 新型コロナウイルスの流行が始まって以降、立て続けに著名人が亡くなり、気持ちが落ち込んでいる人もいると思います。ニュースで疲れてしまうのは、亡くなった人の情報に触れるつらさに加えて、それを伝えるメディアの心なさやゴシップに飛びつく人びとの欲望を感じてしまうから。

 そんな時はまず、情報から離れましょう。好きな映画を見たり、本を読んだり、散歩したり。家族や友達とおしゃべりをするのもいいですね。目や耳に入るものを心地いいものだけにすると、脳にべったりと貼りついた情報の膜が剥がれ落ちて、呼吸が楽になります。それと、人に温かい言葉をかけてみる。いいねとか、ありがとうとか。知らない人でもいいんです。真心を込めなくても、軽い気持ちで。これで案外自分もハッピーになれます。

 私の命の恩人は、通りすがりのおばさんです。多分、コンビニに行くところだったんじゃないかな。名前も知らない人です。出産から満1カ月、初めて長男を抱いて恐る恐る外に出た日のことでした。当時の私は産後うつ気味で泣いてばかり。日中は一人きりで赤ちゃんと過ごし、何を見ても灰色でした。そこへどこかのおばさんがスタスタとやってきて「あら、赤ちゃん? かわいいわねえ。今大変でしょ? でも大丈夫よ、だんだん楽になるから!」と言って去って行きました。残された私はポロポロ泣いてしまいました。ずっと誰かに言ってほしかった言葉だったから。おばさんはコンビニで牛乳でも買って忘れてしまったかもしれないけど、私は一生忘れません。ありがとう。

 人はちょっとしたことで絶望の淵から戻ってくることがあります。心が渇いているときほど、なんでもない言葉が染みるのです。多分あなたもこれまでに、知らずに誰かの恩人になっているはず。言葉にはそんな力があるのです。

小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。『仕事と子育てが大変すぎてリアルに泣いているママたちへ!』(日経BP社)が発売中

AERA 2020年10月12日号

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小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。共著『足をどかしてくれませんか。』が発売中

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