「お父さん、変わったね」

 市川さんは、考えを改めた。娘の言うことを否定しないで、徹底して悩みを聞くところから始めてみよう──と。

「そうしたら、娘は『お父さんは、変わったね』と言ったんです。この時の娘の言葉は、忘れられないぐらい印象的でした」

 ほどなくして、娘から手紙をもらった。「私は私なりに自分の目標を決めて、一段ごとに進んでいくから、お父さんもう、心配しないでいいよ」と。

「ひきこもり状態から回復する上で、娘と僕の関係性が変わったのが一番大きい。その土台になるのが親と子の信頼関係。娘に変化を求めるんじゃなく、僕が変化することで信頼関係の再構築ができたんじゃないかと」

 参加者の一人、都内で会社を経営する父親(62)の息子(32)は、回避性パーソナリティー障害と診断されている。大学を中退し20代前半からひきこもってきた。父親は「今、息子から“反撃”を食らっている」と告白した。

「会社経営は『1位を取るか死ぬか』という競争でしたから、家庭でも上から目線で発言し、息子のことは妻任せで向き合ってこなかった。去年あたりから、息子から『お前は毒親だから、態度を改めるべき』と指導が入るようになりまして。家庭の雰囲気はだいぶ変わりましたね」

 父親は60歳を過ぎて仕事量を減らし、親子の対話のスタートラインとして、まずは息子の言うことを受容することから始めている。「自分の腹わたを見せて、いい意味でぶつかりながらでも話ができるようになろう」と、試行錯誤の日々だ。

「最初はどう会話したらいいかわからず、息子がふだんいる居間に入るまでに脳内で会話のシミュレーションしていました」

 息子からの“反撃”というと激しく聞こえるが、それを機に親子の対話が始まり、家族の風通しは、むしろよくなったという。そんな家族関係の変化を知りたくなり、後日、母親(61)を含む親子3人と都内のファミレスで対面し、話を聞いた。

 耳栓をしても周囲の音が気になるという息子は、最初の15分ほどは私と視線を合わせないまま、話し始めた。母親によれば、「これでも去年までとは全然違う。人前に出るとうずくまって、話なんてできませんでした」。

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