慣れた頃、息子は「いかに(自分が)きめ細かな教育的指導をして、親子関係の環境を改善させたか」を滔々と語り始めた。

「今でこそ親と話しているけれど、数年前まではずっと沈黙のまま。だってこいつ(父親)が家庭内で独裁的な振る舞いをして、こっちは主体性を奪われて育っているから。父親の脅しに対するレジスタンスとして“反撃”に出たっていう感じ」

 彼の言葉はある種辛辣だが、印象的だったのは、両親が頷きながら話を聞いていたことだ。息子自身、「家庭内の環境は変えられたと実感している」という。

「僕がやりたかったのは闘争ではない。もちろん、最初は確実にブチ切れていたけれど、ある程度は気が済んだ感みたいなのが得られたから、マシになった」

 父親が「息子が起点をつくって、親子が一緒に構築していくという、共同作業的な気がします」と語ると、「『共同作業』とか、いちいち物々しく表現したのが気に入らない」。息子の絶妙なダメ出しに、父親も母親も噴き出しながら「ああ、そうなの?」。思わず表情が緩んだ。

 母親はしみじみと言う。

「息子のおかげで、うちの空気の流れがよくなったと感じます」

 だが、社会に対しては「絶望しか感じない」と息子は言う。

「みんな社会に出て働いて、税金がどうのとか言いたがるけれど、僕みたいに、自己効力感も自己肯定感も低い人間が出ていけるようなフレームワークがあるようには感じられない。こんな社会じゃ、僕は野垂れ死ぬか、変死で片付けられるか、どちらかでしょ」

 ひきこもりの回復のために家族にできることもあるが、「対社会」の問題に関しては限界がある。今回、7月に実施したアエラのアンケートでも、8050問題は「社会全体で対応すべき」「親にできることは限られている」といった意見が多数寄せられた。

 家族が最も困るのは、「育て方を間違えた」「甘やかしているんじゃないか」と言われること、とリーラの市川さんは指摘する。

「親自身が孤立すれば、縮こまってしまい、親子関係の環境をよくすることさえできなくなる。『ひきこもり? 誰でもあり得るし、少し休んでいるんだね』と、地域の人が家族のよき理解者になることが何より大事です」

(ノンフィクションライター・古川雅子)

AERA 2019年8月26日号