林さんは高校生のときニュージーランドに留学。卒業後、和食店で料理の技術を身につけ、オーストラリア、ギリシャ、上高地など国内外の厨房(ちゅうぼう)を渡り歩いてきた。昨年4月、ワーキングホリデーで滞在していたニュージーランドから帰国すると、自身のキャリアを考えるためフリーランス養成講座を受講。その縁で講座合宿の料理を請け負うようになった。千葉、山梨、愛媛などの合宿地への移動に加え、全国にいる受講生などからも声がかかり、各地でケータリングの仕事もこなしている。

「厨房で働いていたときには、顔を合わせるのは料理人だけでした。ところが合宿やケータリングでは食べる人の反応がわかり、コミュニケーションもとれる。世界が広がり、新たなやりがいを感じています」

 移動に伴い、行く先々で知られざる食材にも出合う。

「地方では食材の価値が十分に見いだされていないケースもよくあります。移動するなかで会う人たちに広めたり、レシピを発信したり。移動を貢献につなげる方法はないか考え中です」

「五番地」で講座の講師を務めていたフリーライターのich(いち)さん(25)も、昨秋からアドレスホッパーに。ライターとしてのSNS発信力と等価交換で、無料で滞在できる宿泊場所を得てきた。講座終了後の滞在地も自らのツイッターで呼びかけた。

「『4月初旬~後半まで滞在できる場所を探しています』と3月にツイート。条件は、予算1万円以内。記事を書くスキル交換あり。PRなどSNSで発信もします、と書き込んだところ小豆島のシェアハウスから声がかかり、無料で滞在できることになりました」(ichさん)

 移動を続けていると、旅行系メディアの仕事も入ってくる。小豆島についても受注した。

 デザイナーに料理人、ライター……アドレスホッパーは自営業者だけ?と思いきや、前出のマットさんは米IT企業勤務。取材した3月、東京、茨城、福井、大阪をホッピングしていた、金沢市の吉川佳佑さん(26)は、私立高校の英語教師だ。昨秋からゲストハウスで暮らしている。

「昨年の夏休み、イスラエルを2週間旅行し、社会人インターンにも参加。さらに部活の引率などもあって、1カ月間で家にいたのは5日くらい。家賃がもったいないと思い、家を手放しました」(吉川さん)

 学校や生徒には、「海外からの旅行者と暮らすことで英語のブラッシュアップを図りたい。国内留学なのだ」と説明し、理解を得た。

「ゲストハウスには多様な価値観が交わります。例えば日本人は公共の場では騒がずきれいに使おうとするが、中国人は決してそうではない。背景に、みんなの場だから好きに使っていいという価値観があるからです。正解はひとつでなく、世界には多様な価値観があることを生徒たちに積極的に伝えています」

 生徒には、自由で柔軟な発想のもと、可能性を発揮してもらいたいと考えている。

 マルチカルチャーのなかで暮らすことで、吉川さん自身にも変化が起きた。今年4月から、午前は学校で教鞭(きょうべん)を執り、午後はベンチャー企業で複業するスタイルに働き方を変えた。

「学校以外の世界も知りたいと思ったからです。固定観念にとらわれない生き方を体現し、生徒たちに見せたいという思いもあります」(吉川さん)

 マルチカルチャーをホッピングすることで地方に新しい風を吹かせたい。前出のマットさんは、アドレスホッパーの可能性について次のように話す。

「風土はその土地に根付いている“土の人”と外から来る“風の人”が交わることで作られてきた。アドレスホッパーのカルチャーが定着することで新たな経済圏が生み出されたり、地方の関係人口が増えたり。そこから生まれる可能性は小さくないと思います」

(編集部・石田かおる)

AERA 2019年6月3日号