中野:僕は逆に、家族をテーマにした作品ばかり撮ってきました。映画を撮るときに、自分にとって嘘なく表現できるものは何かと考えると、それが家族でした。僕は実の父を6歳のときに亡くしていて、母親が兄と僕を育ててくれました。従姉妹が実のきょうだいのように近くにいたり、不幸せだと感じたことがなかったのは母のおかげです。一般的に言われている家族の形とは違うけれど、自分の周りの人たちは、とても愛おしい。そうなると自然に「家族ってなんだろう?」と考えるわけで、自分の中にたまっている吐き出したいものが家族だったんです。

──中野監督はご自身で脚本を書いてきました。今回は原作のどんな点に魅力を感じたのでしょうか。

中野:実を言うと、原作があるもので映画を撮りたいと思ったのは、この作品が初めてです。僕の祖母も認知症で、母が介護をしていました。原作のどこに惹かれたのか一言で言うのは難しいのですが、たとえば家族に決まりはないけれど、『長いお別れ』の中に出てくる人たちのありかたを読んでいると「家族っていいな」と思えてくる。認知症になったお父さんは、世話をされる対象なのですが、家族のなかでちゃんと父親としての立場は残っていて、尊厳が守られています。

中島:認知症が進むと、記憶も曖昧になるし、おかしな行動をとってしまうのは事実です。だからといって、その人の人生そのものの意味がなくなるわけではないんですよね。たとえ病気になったとしても、家族やコミュニティーの一員であって、関係性のなかで生きています。

中野:映画を撮るにあたって、家族の中での父親のポジションは変えたくないと考えていました。撮影しながら、山崎努さんが演じるお父さんに対して、きちんとした敬意を持ち続けることは、とくに意識しましたね。

中島:撮影に入る前に、一度、役者さんたちで集まって、元気だった頃のお父さんの誕生会をやったそうですね。

中野:はい。脚本に70歳の誕生会のシーンを書きました。そのときに父親がとんちんかんな行動をして、みんなが「認知症じゃないか」と、うっすらと気づくという、重要な場面です。その場面をリアルに撮るためには、元気だった頃の父親の誕生会も知っていたほうがいいな、と思って、撮影とは別に、山崎さん、母親役の松原智恵子さん、長女役の竹内結子さん、次女役の蒼井優さんに家族として集まってもらって、お父さんの68歳の誕生会を開きました。

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