人目を避け、自身や妻の友人宅を泊まり歩いているという安田純平さん。「早く家に帰りたいが、家族にも近所の人にも迷惑がかかるので」と目を伏せた/11月7日、東京都内で(撮影/写真部・小山幸佑)
人目を避け、自身や妻の友人宅を泊まり歩いているという安田純平さん。「早く家に帰りたいが、家族にも近所の人にも迷惑がかかるので」と目を伏せた/11月7日、東京都内で(撮影/写真部・小山幸佑)
監禁された部屋の一つ。部屋の端にあるトイレから外の様子がうかがえるため、トイレに近づいていいタイミングが制限されていたという(撮影/写真部・小山幸佑)
監禁された部屋の一つ。部屋の端にあるトイレから外の様子がうかがえるため、トイレに近づいていいタイミングが制限されていたという(撮影/写真部・小山幸佑)

 3年4カ月の間、シリアの武装勢力に拘束されていた安田純平さん。アエラの単独インタビューで壮絶な体験や今も続く苦しみを語った。

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「帰国後3日は、一睡もできませんでした」

 安田純平さん(44)はその後も夜明けに目を覚まし、「身動きしちゃいけない」と身をこわばらせる。

「伸びをするのもダメだったので、息を潜めて、周りで音がしないか気配を探ってしまいます。しばらくして、ああ、自分はもう日本に戻ったのに、と」

 監禁中「一切身動きしてはいけない」という過酷なルールを課された記憶がよみがえる。

 国内の「空気」も安田さんの苦悩をいっそう深めている。

 監禁中の歯ぎしりで割れてしまった奥歯を治療したときのこと。歯科を出て、油断してマスクをせず街を歩いたら、30メートルも進まないうちに見知らぬ人から「あれ、安田さん」と声をかけられた。

「その人は悪意のある感じではなかったのですが。やっぱりマスクをして歩いたほうが安心だなと思いました」

 たどり着いた母国で、安田さんは顔を隠し、身辺を警戒し続けている。

「帰国してからもいろいろ大変なことがありますので……」

 多くを語ろうとはしないが、ネット上の批判などの反応を敏感に受け止めているのは明らかだ。10月25日の帰国後も自宅には一度も戻れず、友人宅などを転々としているという。

「私の行動に関してさまざまな意見を持つ人がいます。家族が不安に思っている間は仕方がないかなと思っています」

 安田さんは時に淡々と、時に数十秒もかけて記憶をたぐり寄せ、次の一言を絞り出し続けた。マスクを外した肌は白く、思いのほかつやが良い。だが表情は時折大きく歪み、沈黙の奥に深い闇を感じさせた。

 安田さんは2015年6月22日深夜、トルコ国境から徒歩でシリア北西部イドリブ県に越境入国し、反体制派の支配地域で拘束された。解放まで3年4カ月、集合住宅の地下や民家、巨大収容施設など約10カ所を移動させられ、拘束グループの支配下に置かれた。

「最も苦しかったのは、『ゲーム』でした」

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