そのため羽光さんも、自分なりのアレンジを台本に加え、円丈さんとの稽古に臨んだのだ。
羽光さんが選んだのは「失われたキンタマ」という作品。ふとしたことから睾丸を失った男が主人公。下ネタのようだが、いやらしさがない不思議な噺だ。
「本当にこの作品でいいの?」
と、円丈さんは心配そうだ。
「他の噺に変えてもいいんだよ。キンタマって言った瞬間に、何割かのお客さんは確実に引くよ。引いたお客さんを戻すのは大変だからね」
落語には頭に桜の木が生えてくる「あたま山」や、辻斬りにあって上半身と下半身に分かれてしまった男を描く「胴切り」など、シュールな言語感覚で展開する古典落語もある。
「ありえないだろう」という噺に、説得力をもたせるのが、腕の見せどころだ。
稽古では、羽光さんが付け加えた新しい演出に「複雑になりすぎる」とダメ出し。
最後は「落語は楽しくやるのが大切だよ。この噺も僕自身が楽しいからつくったので、楽しくやってくれたらいい」という円丈さんの言葉で、稽古は終わった。
「円丈師匠の台本のままやるか、自分なりに変えるか迷ったんですが、せっかくですから挑戦しておこう、と思って」
と、羽光さん。笑福亭鶴光さん譲りの上方落語とともに、落語家になる前の自分のエピソードを「私小説落語シリーズ」として新作落語にしている。
「入門した時から新作を書きたいと思っていました。古典落語をやるときは一切いじらず、教わったとおりにやっています。古典を含めた落語が好きですが、新作には無限の未来があると思っています」(羽光さん)
「新作落語にはつくった人の個性がにじみ出ます。その新作を他の人が演じることで、噺が普遍化するのではないでしょうか」と、立川談笑さん。
今回の企画では「台本を読んだときに、芥川龍之介の『河童』を想起した」という「ムムムム」をかけた。胆力が必要な作品で、談笑さんならではの表現になっていた。