

目の前にあるものをただじっと見つめて、撮る。「観察映画」の実践を続ける想田和弘監督の新作「港町」はよりシンプルに、力強くなった。
「港町」の舞台は岡山県瀬戸内市牛窓の小さな港町。86歳の漁師・ワイちゃんと、浜にたむろするおしゃべりなクミさんを中心に町の日常が映し出される。撮り始めたのは偶然からだった。
「前作『牡蠣工場』の風景ショットを撮るために牛窓をウロウロしていたら、ワイちゃんに出会った。それがすべての始まりです。翌日の漁に同行して、そのまま魚の卸市場へ。そこで会った魚屋さんについていくと店に魚のアラをもらいにくる人がいて、猫につながった。撮ったというより“授かった映画”という気がしています」
町の暮らしの「観察」に、見る人はさまざまを思う。年老いた漁師はやがていなくなるだろう。老人と猫ばかりの小さな町はこれからどうなるのか。モノクロームの画面に映るのは、消えていくかもしれない空間や時間。そのなかでめぐる人と人の関わり。いつも明るいクミさんの後半の衝撃的な告白にも驚く。
「人によって着目点は違うと思うんです。ある人は原初的な経済の形が映っていると言い、ある人は人生の循環が映っていると言う。あくまでも“視点”を提供する。それが僕の目指すところなんです」
モノクロにしたのも偶然だ。
「最初はカラーで作っていたんです。夕暮れの色が美しくて、人や町の“夕暮れ時”を映しているからと、タイトルも『港町暮色(ぼしょく)』としていた。でもなにかしっくりこない。そんなとき(妻で製作担当の)規与子が『モノクロにしちゃったら?』と」
ええ? と思いつつ、乗ってみたら大正解だった。
「映画作りでどうしても残ってしまう“自我”をそこで外したのかもしれません。だいたい僕の映画はそのプロセスを辿るんです。『精神』も最初は『精神病』というタイトルで、最後に“病”を取ったことで完成した。僕はどちらかというとしゃべりすぎる人間なので(笑)」