日本人が知らない「西サハラ」 実は“マグロ”と関係深い外交事情

2018/03/29 16:00

 1976年に「サハラ・アラブ民主共和国」の建国を宣言した西サハラ。大部分を占領するモロッコとの激しい戦闘を繰り広げるも、91年には国連による独立か帰属か問う住民投票の提案で停戦。だが90年代半ば、西サハラの地下で鉱物資源が確認されると、モロッコは住民投票を拒否。実施されないまま現在に至っており、難民が故郷に戻れるめども立っていない。ジャーナリスト・平田伊都子氏が、その外交活動を追った。

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