稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年、愛知県生まれ。元朝日新聞記者。著書に『魂の退社』(東洋経済新報社)など。電気代月150円生活がもたらした革命を記した魂の新刊『寂しい生活』(同)も刊行
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年、愛知県生まれ。元朝日新聞記者。著書に『魂の退社』(東洋経済新報社)など。電気代月150円生活がもたらした革命を記した魂の新刊『寂しい生活』(同)も刊行
というわけで本日のご飯。微妙に水分が多かったが歯の治療中なのでむしろラッキーと自分を納得させる(写真:本人提供)
というわけで本日のご飯。微妙に水分が多かったが歯の治療中なのでむしろラッキーと自分を納得させる(写真:本人提供)

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

【写真】稲垣えみ子さんが作ったご飯はこちら

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 SNSでたくさんコメントがつく話題の一つに「家電の買い替え」があります。誰かが「炊飯器が壊れたから新しいのを買おうと思うんだけど」と投げかけると、あれがいい、いやこっちのほうがと、熱いアドバイスが殺到するのをよく目撃する。

 だから、過日のアエラに載っていた「マーケティングの神様」コトラー氏の考察には深くうなずきました。

 企業が一方的に製品を宣伝する時代は終わり、ネットでつながった顧客同士が好きなブランドを自発的に推奨する時代になった。デジタル世界が企業から顧客にパワーシフトを起こした。なるほど確かにそうです。

 でもさ、パワーを手にした消費者は、果たして幸せになったのでしょうか。

 炊飯器を手放して以来、一人キャッキャと喜んで鍋で飯を炊いている身からすると、「どの炊飯器がより優秀か」という論争は非常に狭いものに思えます。マシンの長所は「いつも完璧に同じものを作る」ことですが、実はこれは短所でもある。だってどんな最先端の炊飯器が炊く完璧絶品ご飯も、1週間もすれば感激は薄れます。慣れちゃう、飽きちゃうわけですね。なので、早くも次の製品に目移りしたりすることになる。

 でも鍋でご飯を炊くと、「飽きる」なんてことは絶対ない。だって完璧なご飯なんて絶対できないんだもん。いつも、微妙に成功したり失敗したりする。その「揺れ」があるから、うまく炊けたらやたら美味しい。そう思うとなんだか失敗も嫌じゃない。つまりいつまでも全てが楽しい。

 与えられた製品をあれこれ論評し、場合によっては企業を動かす。それは確かにある種のパワーかもしれません。でも人の持つパワーって、実はもっと広くて深いんじゃないかと思うのです。

 他者に文句を言うしかない世界って、本質的な意味で無力なんじゃないでしょうか。これほどモノの溢れた世界で、なぜだか誰もが幸せを感じられない原因を、ふと立ち止まって考えるのも悪くないんじゃないか。

AERA 2018年1月1-8日合併号

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稲垣えみ子

稲垣えみ子

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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