遺族に怒りはないのか

「映画を作り始めたときにはまさかトランプが当選するとは思ってもいなかったのですけどね……。9.11のときにはアメリカだけでなく世界中が『世界をよりよい方向にするために』気持ちをひとつにした。そのことをみなさんに思い出してほしかったんです。他者を断罪したり、差別や偏見で決めつけるような風潮にブレーキをかけるべきだと伝えたかった」

 監督自身もかつて両親とともにアルゼンチンの軍事政権を逃れてアメリカに来た移民だ。

「アメリカは堅固な民主主義の国で、だからこそ振り子の振り幅が異常に大きい。ブッシュからオバマ、そしてトランプへと極端に右に左に振れる。私はいまの状況が永遠に続くとは思っていませんが、やはり現状には危機感を覚える。アメリカのみならず世界の人々が『人として何が大事なのか』にいま一度立ち返り、精神的な成熟をすることが急務だと感じます」
 大勢の9.11関係者に取材をしたが、憎悪を感じたことはないという。

「一様に感じたのは悲しみ、そして他者への思いやりです。遺族からは『ある種の運命であり、さだめだった』という声を多く聞きました。犠牲となった彼らは世の中をよりよくするためのシンボルとなってこれからも歴史に刻まれていくんだ、と」

 監督とキャストの真意と誠意はニューヨーク市や遺族コミュニティーも動かし、彼らのサポートを受けることもできた。映画の収益の一部は9.11被害者のケアのために寄付される。

「いまは確信をもって言えます。まさにいまが、このストーリーを語るべき時期だ、と」

(ライター・中村千晶)

AERA 2017年9月18日