人の生と死に寄り添う“新しい宗教者”模索する若い僧侶たち (1/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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人の生と死に寄り添う“新しい宗教者”模索する若い僧侶たち

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熊澤志保AERA

みんなの寺 副住職 天野和公さん(39)/ミャンマーに渡り、尼僧になった経験がある。副住職として活動しながら、10歳の長女と6歳の双子の男の子を夫と育てている(撮影/伊ケ崎忍)

みんなの寺 副住職 天野和公さん(39)/ミャンマーに渡り、尼僧になった経験がある。副住職として活動しながら、10歳の長女と6歳の双子の男の子を夫と育てている(撮影/伊ケ崎忍)

 日本人がなじんできた「お葬式のかたち」がいま激変している。従来型のお葬式ではなく、「家族葬」が広く受け入れられ、弔いの形は家から個へ――。葬儀費用の「見える化」と価格破壊は何を生むのか。AERA 8月7日号で、新しい葬式の姿と、大きく影響を受ける仏教寺院のいまを追った。

 格式が高く、法話はあるが、訪れた人との対話はない。お布施も高額で、葬儀や法事、人生の特別な局面にだけ登場する──。そんなイメージを変えたいと、お寺を開いた人がいる。

*  *  *
「誰もがいつでも気軽に立ち寄れるお寺をつくりたかった」

 副住職の天野和公(わこう)さん(39)はそう語る。仙台市泉区の「みんなの寺」は、02年に開かれた浄土真宗系の単立寺院だ。

 和公さんも、夫で住職の雅亮(がりょう)さん(49)も寺の生まれではなく、在家出身。和公さんは、青森県の農家に生まれ育った。5歳のとき、地獄の絵本を読み、怖くなって、父親に尋ねた。

「私もいつか死んじゃうの?」

「そうだよ。お父さんもおまえも、みんないつか死ぬんだよ」

 衝撃だった。なんで自分は死ぬんだろう。以来、死や宗教に思いを馳せた。自分で戒名を考え、宝箱に入れた。中学にあがると、神社仏閣を巡り、墓を見て歩き、「ここに生きて、死んだ人がいた」と感慨を深めた。

 東北大学で宗教学を学び、卒業後、宗教に関わる仕事がしたいと葬儀会社で働く傍ら、本願寺別院の法話会に通った。月に1時間、お経を読み、法話を聞き、お茶を飲んで門徒と話す。

●誰の悩みも受け入れる

 そこで出会ったのが、当時、別院の僧侶だった雅亮さんだ。初対面で話が弾んだ。「誰もが気軽に立ち寄れて、仏教や人生の話ができるお寺をつくる」のが雅亮さんの夢と知り、「じゃあ、結婚して一緒にやりましょう」。出会って2回目で結婚を決めた。

 泉区は新興住宅地が多い。県内外から、人々が移り住んでいた。菩提寺を持たず、葬儀や供養に困っている人もいた。


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