ところがゲノム編集は受精卵の遺伝子を直接改変でき、効率が高い。そのため費用は数十万円、時間も1~2カ月で済む。筑波大学生命科学動物資源センターの高橋智教授は「今ではノックアウトマウスを作るためにES細胞を使うことはなくなってしまいました」と言う。

 マウスや、後述するサルで受精卵ゲノム編集が可能なら、人間でもできるようになると考えるのは自然だ。たとえば遺伝病の原因遺伝子を持つ人は、ゲノム編集で子どもが病気を受け継がないようにしたいかもしれない。

●毛の変色、動物で実績

 その先には、親が望む特徴を持つように遺伝子を設計した赤ちゃん「デザイナーベビー」の誕生さえ視野に入る。実際、ゲノム編集で筋肉を増強すること、体毛の色を変えることなどは動物実験ではすでに可能だ。

 もちろん、技術的な課題は残っている。一つは、目的ではないDNAに変異をもたらしてしまうこと(目的外変異)。もう一つは、ゲノム編集できた細胞とできなかった細胞が混ざってしまうこと(モザイク)だ。

 国立成育医療研究センターゲノム機能研究室の乾雅史室長は「一つ大事なことは、私たちがゲノム編集でできるのはDNAに切り込みを入れるまでであって、そこから先は細胞がもともと持つDNAの修復機能に頼っていることです。その部分はコントロールできないのです」と指摘する。「だからどこまでいっても、100%にはならないのです」

●将来世代は同意不可能

 いま現実的と考えられるのは、遺伝子関連の病気をゲノム編集で「治療」することだ。しかし、治療の範囲内なら問題はないのだろうか。

 HIVのゲノム編集遺伝子治療では、CCR5という遺伝子を切り、働かなくさせることでHIVに感染しにくくする。一方、この遺伝子を働かなくさせると、西ナイル熱にかかりやすくなってしまう。「現時点ではいいことだと思われても、将来はよくないことになるかもしれません」と高橋教授は指摘する。

 体細胞へのゲノム編集であれば、その影響は本人にとどまるのでインフォームド・コンセント(情報を得たうえでの同意)が可能であろう。しかし、受精卵でのゲノム編集では、将来世代まで改変が受け継がれる。「将来の世代にインフォームド・コンセントをすることは不可能なのです」(三谷教授)

 受精卵へのゲノム編集の最前線をのぞいてみよう。実は、霊長類(サル)ですでに成功している。実験動物中央研究所などは今年7月、小型のサル、コモンマーモセットの受精卵をゲノム編集して免疫の遺伝子の働きを失わせることに成功した、と専門誌セル・ステムセルで発表した。

 しかし、同研究所マーモセット研究部の佐々木えりか部長は、現時点で人間の受精卵でゲノム編集を進めることには慎重だ。

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