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リンゴやバナナ、チョコレートの香り 日本の食を支える「国菌」パワー

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添田孝史AERA#食

 しょうゆやみそや日本酒づくりに欠かせない麹菌。身近な存在にもかかわらず、おいしさを生み出すメカニズムは長らく謎のままだった。その解明が、近年急ピッチで進んでいる。

 瀬戸内海に浮かぶ香川県の小豆島は、面積にして東京23区全体の4分の1ほど、人口は3万人余り。だが、小さな島に似合わぬ、標高800メートルを超える山々が峰を連ねる。この山並みから吹き下ろす乾いた風が、しょうゆ造りには適していたらしい。400年前からしょうゆ造りが始まり、昔ながらの木樽を用いる製法では国内最大の産地になっている。

 島の南東部の山すそにあるヤマロク醤油の創業は江戸時代終わりごろという。5代目の山本康夫さんに、しょうゆの元になる「もろみ」を熟成させる蔵を見せてもらった。直径2メートル30センチ、高さ2メートル、6千リットル入る杉樽がずらりと並ぶ。

 もろみはここで1年から3年ほど寝かされ、熟成される。発酵の過程で、リンゴの香りがしたり、バナナやチョコレートの香りになったりするそうだ。

 150年から200年は使われている樽の表面はぼろぼろで、白く粉をふいたように見える。江戸時代から続く蔵の梁や土壁も白っぽい。しょうゆの発酵にかかわる微生物が百数十種類もすみついているからだという。

 しょうゆの仕込みは年末に始まる。麹菌と大豆、小麦を合わせて麹をつくり、それに食塩水を加えて、もろみをつくる。

 しょうゆ造りで大切なのは「一麹、二櫂(熟成時の攪拌)、三火入れ(もろみを搾った後に熱を加える工程)」とされる。麹菌の役割は、大豆や小麦に含まれるたんぱく質などを分解する酵素を作り出し、うまみや甘み、色のもとになる基本的な成分を生成することだ。

 麹菌が3カ月ほどで役目を終えると、蔵や樽にすみついている酵母や乳酸菌の出番だ。麹菌が生み出した成分をさらに複雑に分解したり合成したりして、香りや味に深みを与える。しょうゆ造りは麹菌と酵母や乳酸菌の共同作業なのだ。

 今、多くのしょうゆメーカーでは、もろみの熟成にタンクを用い、外部から酵母や乳酸菌を加えている。ヤマロクでは樽や蔵にたっぷり菌がすんでいるので、加える必要がない。

 「良い菌がすんでくれている樽は最高の醸造容器」と山本さんは言う。菌のすみついた蔵と樽は、あわせて「ひとつの生態系」を形づくっているそうだ。「発酵の過程はよくわかっていないことが多い。人手である程度コントロールはできるが、あとは微生物におまかせ。今でも毎年新たな発見があります」

 塩麹ブームで知名度が上がった麹菌は、しょうゆのほかにも、日本酒やみその発酵でもなくてはならぬ存在だ。「日本を代表する微生物である」として、日本醸造学会が2006年、麹菌を「国菌」に認定したほどだ。もともとはカビの仲間だが、弥生時代に水田が広まったころから、私たちの先祖が経験を積み重ねて、毒性のないカビ菌をよりわけたと考えられている。

 小豆島には、国内にあるすべてのしょうゆ木樽の半分近く、約1千本が残されている。問題は、木樽を作ったり修繕したりする職人が激減したことだ。昔は大きなしょうゆ会社にはお抱えの樽職人がいたが、現在は国内で大きな樽を作れるのは大阪府堺市の1社だけになった。麹菌を中心とする微生物のゆりかごを残そうと、山本さんは新樽づくりにも乗り出している。

AERA 1月28日号


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