恐怖政治とともに、北朝鮮の金王朝を支える核心は何か。「体制の偉大性」を繰り返し叫び、信じ込ませることだ。その代表的手段、「宣伝画」の本質は何か。

 党が打ち出したスローガンを国民の頭に刷り込むため、北の当局が使う代表的なプロパガンダ手段が「宣伝画」だ。北朝鮮の至る所にある大きな絵と朝鮮語のスローガンが組み合わされた掲示物の数々、あれがそうだ。

 宣伝画作りの総本山が、北朝鮮を代表する多くの美術家で組織される万寿台(マンスデ)創作社だ。人員約3千人といわれ、絵画のみならず銅像や壁画など多様な美術部門を網羅する。だが党の宣伝活動を支える彼らも、当局の「厳しい統制」に従うしか生きる道はないのである。

『北朝鮮宣伝画の世界』の著者で、北朝鮮の文化芸術分野に詳しい大場和幸氏は、北朝鮮を代表する万寿台創作社所属の女流画家の「生き方」に、詳細に触れている。人民芸術家の称号を持つ金承姫(キム・スンヒ)氏(73)のことだ。

 両親は済州島(チェジュド)出身で、彼女自身は東京生まれ。59年夏にウィーンで開かれた世界青年学生祝典に「在日」代表で参加するよう、朝鮮総連組織に言われた彼女を含む在日学生約10人は日本を出発、当時は海外渡航した在日朝鮮人に日本再入国は認められず、祝典参加後に彼らは北朝鮮に入った。彼女は20歳になったばかりだった。

 同年9月に平壌で金日成(キム・イルソン)首相(当時)と会った彼らは記念写真を撮る。20人が写ったその写真は同年刊行された北朝鮮の日本語グラフ誌に掲載された。

 平壌美術大学に進んだ彼女は国を代表する画家となる。作品は金日成氏、金正日氏の「慈悲深い姿」を描いたものばかりだ。2004年には作品集を刊行。

 59年に金日成氏を囲んで写したのと同一らしき写真も載っている。だが20人いたはずなのに、写っているのは16人だけ。4人の姿がいかにも不自然に消えているのだ。この4人が在日出身学生か、党幹部かは不明。いずれにせよ、ある時点で「写真に出てはならない存在」とされてしまったようだ。

 大場氏は書いている。

「金承姫は北朝鮮に渡って、この国では知人が知らない間にいなくなってしまうことや記念写真からも消されてしまうことを知り、北朝鮮の本質を把握し、生きるすべを学んだのであろう」

AERA 2013年1月28日号