4月号居酒屋評論家 太田和彦 Ota Kazuhiko居酒屋通い30年の集大成 |AERA dot. (アエラドット)

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居酒屋評論家 太田和彦 Ota Kazuhiko
居酒屋通い30年の集大成

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 会社勤めをやめてフリーになった40歳過ぎころから意識的に居酒屋通いを始め、もちろん酒好きゆえだが、そのうちそのことを本に書くようになった。名店ガイドやら、流儀やら、珍道中やら、手を替え品を替え30冊ほども書き、もう書くことはなくなったと思っていたがまだあった。

 それは居酒屋から見た県民性だ。

 日本海側と太平洋側、内陸の山国と海際の港町。四方を海に囲まれて南北に長い日本列島は各地で風土が異なる。城下町や門前町、商業で栄えた町、神社仏閣の多い町など年月が作った歴史は町柄をつくる。太平洋、日本海、瀬戸内海の魚は異なり、沿岸と内陸では産物も料理法もちがう。居酒屋には風土、歴史、産物のすべてが反映して一つの文化を形成する。

 その町に長く続いて名物になっている古い居酒屋の片隅に座り、地の肴を注文して一杯やりながら、地元の客の会話に耳を傾けていると地元気質が見えてくる。また率直に店の主人に聞いたりもする。

 酒の飲み方には大いに土地の気質が表れる。無口にながく飲む東北人、粋を気取る東京人、女も盛大に酒を飲む高知人、すぐ友達になるが翌日は忘れている博多人。

 そのような「居酒屋から見える各地の気質」を県民性として一冊にまとめられないかと考え、各地の居酒屋をさらに歩いた(まいど飲めて結構なことです)。

 勉強のために県民性に関する本も少し読んだが、多くは教科書的な歴史や、古くからの伝承、人口分布や職種などの統計、著名出身者などに準拠した、いかにも学者が書きそうなものだった。「いかにも学者が書きそう」というのは資料による推論だ。そこには血の通った実感がない。しかも、その土地に足を運んでいないな、役所から取り寄せたデータで書いてるなという疑いもわく。そうではなく「県民性を知りたかったら、その地に出かけて、酒の一杯も飲め」と感じた。

 もう一つ感じたのは、東京に住んでいる人(本人の県民性は東京?)特有の「上から目線」だ。地方、それもあまり特徴を言われない地への冷淡な視線が感じ悪い。「県民性にはあまり特徴がない」で書き終えるのはそれでも学者か。キミはフィールドワークという言葉を知ってるかね。

 そうではなく、その地を何度も訪ねて沈潜し、地元の生身の気質を肌で感じ、その依って来たるところを探ってゆく。それには役所のデータよりも居酒屋だ。いやだいたい役所の裏には居酒屋があると相場が決まっている。

 居酒屋では誰もが心が裸になる。本音も出れば、土地の噂も。生臭い市長選の行方、美人娘の嫁入り先。いかにも勤め帰りの数人が、○○川の鮎はもう出たぞ、今年のキノコはあの山がいいと話しているのはよい光景だ。昨日熊を見たという話も聞いた。そう意識して各地に足を運び、日本はまことに多種多様な県民性をもつことを知った。

 東北と九州では、肴も酒の飲み方もまるでちがう。酒席の話題も大いに異なり、それは興味のあり所を見せる。長野県人は屁理屈議論に熱中し、博多の人間は祭に熱中し、静岡の人間は何の意味もなく大騒ぎし、秋田の人はじっと押し黙って五時間飲み続ける。それこそが県民性の表れだ。

 肴の好みもちがう。北海道の焼物、東北の漬物、関東の刺身、北陸の昆布〆、関西の酢〆、中国の煮魚、四国のタタキ、九州の揚物、沖縄のチャンプルー(炒め物)。それらはみな風土がつくる産物と、生活環境に必要な栄養を反映していた。

 地方出身で東京に住んでいる私は、地方の、それもあまり目立たない地方に愛着があることがわかってきた。どこの土地も人が住み、生活し、酒を飲んでいる。その県民性を書くとき愛情なくして書けようや。居酒屋は冷やかしに入る所ではなく、その土地にどっぷり浸りに入る所だ。そこでその地の「良い面を」「愛すべき土地柄を」知ってゆく。これはまことに豊かな旅だった。

 というわけで居酒屋通い30年の集大成のつもりだが、分析だけではつまらないと各県のおすすめ居酒屋も紹介した。学者の論とはちがう、あくまで居酒屋で個人的に感じた域を出ないが、酒の肴に、あるいは各地の居酒屋を訪ねて「ほんとだなあ」「そうでもないなあ」と参考にしていただければ幸いだ。


(更新 2016/4/21 )


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