過労や長時間労働が社会問題化する中、昨年9月には安倍首相が指揮をとる「働き方改革実現会議」が発足するなど、日本人の働き方、そして生き方は大きな転換期を迎えていると言えます。現に、IoTの進化や自治体や企業による環境整備によって、移住や二拠点生活、リモートワークへの"ハードル"は下がっており、これらは決して私たちの人生に関係のないものではなくなりました。



 ウェブメディア「ライフハッカー[日本版]」の編集長である米田智彦さんは今年1月26日、その移住というトレンドのリアルを描き出すべく『いきたい場所で生きる 僕らの時代の移住地図』を上梓。実際に移住によって生活環境を大きく変えた33人の男女を取材しています。



 帯文には移住者に人気の都市として注目を集めている福岡市の高島宗一郎市長の推薦文も添えられている同著。米田さんはこの本にどのような思いを託したのでしょうか。



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----まず、この本を書こうと思われたきっかけからお聞きできますか。



米田:今から2年くらい前でしょうか、ライフハッカーで福岡の糸島という地域が「アメリカ西海岸で働けるような場所になっている」という記事を出して、それが大変ヒットしたんです。僕自身、福岡出身なのですが、糸島は僕が知らない間にシェアハウスやシェアオフィス、おしゃれなカフェができていて、ここに新たな生活環境を求めてやってくる人がたくさんいるんです。この記事の読者からの反響を見て、「移住が当たり前になる時代がやってきたのだな」と、その時に実感したんです。



また、ちょうど同じ頃、オランダ政府移民局が1912年に締結した「日蘭通商航海条約」を根拠に、日本人はオランダで「労働許可なく就労できる」という判断を下した(※編集部柱 現在は許可が必要です)。それをフックに「いま日本人のオランダ移住が盛り上がっている」という旨の記事も出しました。そして、これも驚くほどの大ヒット記事になった。この二つの記事から、せっかくならその移住の実態のリアルをまとめた本が出したいと思ったのがきっかけでした。



----「移住のリアル」とは具体的にどのようなことを指しているのでしょうか。



米田:たとえば東京に住んでいる我々をベースに考えてみても、「移住」という言葉には、「東京での仕事や住まいをすべて手放して、新しい人生を歩み直す」といった仰々しいイメージや、海外赴任、国際結婚など、規模が大きく、いまいち現実味を帯ない印象がありました。しかし、実際に移住をしている人たちを見てみれば、東京と行ったり来たりしていたり、東京の仕事をリモートでやっていたりと、もっと"身の丈にあった"移住をしているんです。そうしたリアルな移住事情を知ることは、少しでも移住に興味がある人の背中を押すと確信していました。



----実際に各地を取材に行かれて、どのような発見がありましたか。



米田:「地方」と一言で言ってもいろんな場所があって、土地土地によって移住の形は全く違いました。



例えば、本の中で僕はブロガーのイケダハヤトさんと対談をしていますが、彼は高知の限界集落に移住しています。移住というと、行った先での人間関係やコミュニティでうまくやっていけるだろうかという懸念を抱く人も多いかと思いますが、彼が移住したような限界集落は、繋がりやコミュニケーション以前に、そもそも人がいないんです。むしろ、そうした場所に住んでいる人間は、もはや移住者しかいない。なのに、土地はすごく余っているんです。こうした誰も手をつけなかったような場所は、アイディア次第でなんでもできる。可能性に満ち溢れていると感じました。



一方で取材を進める中で、この限界集落とはまったく異なる、都市機能が発達した地方に移住するメリットも大いにあると再認識しました。特に福岡市は、文化度も高いし、東京で買えるものも大概手に入る。なのに家賃は安くて、食べ物も美味しい、そして自然もあります。東京以外にも高機能で面白い都市はたくさんあって、僕らはよりオルタナティブにライフステージの場所を選択できるようになっているんです。こうした場所は少しでも移住に興味がある人にとって、とても選択しやすい場所だと思います。



----なるほど。可能性があるということは分かってもなお、今住んでいる場所から抜け出す勇気を持つことは簡単ではありませんよね。



米田:そこなんです。本の中の数々の事例を読んでいただければ気づいてもらえると思うのですが、移住って割に簡単にできてしまう。特に、今東京に住んでいるこれからのビジネスパーソンやクリエイティブに携わる人には、『一度東京を出てみることで養える価値観も重要になってくるよ』と言いたい。東京にどっぷり浸かっていると、逆に東京に埋もれてしまって日本全体が見えなくなってしまうこともあると思うんです。「地方」という言葉に括られている46道府県を見つめ直して、日本のダイバーシティを体感することは、間違いなく価値観や視野を広げることにつながるのではないでしょうか。



それともう一点、僕はこういう考え方も提示したい。移住って、人生のリスクヘッジの側面もあると思うんです。東京で夢破れたり、職を失ったりしても、もう一つの帰る場所になりうる。自分がエスケープできるアジール(聖域)のような場所で、そういう場所があるだけで、気持ち的に楽になれると思いませんか?



移住できる人と移住できない人の違いは、自分の人生の舵取りを会社や環境のせいにせず、自らの手で物事を選択できるかどうか。2020年、東京オリンピックが終わった時の日本は、アベノミクスも停滞しているかもしれないし、地方の現状も変わっているかもしれない。社会が大きく変わろうとしている時、自分がどこで働いて、どこで生きるのか、自分の価値基準で選べるようになることは、とても重要です。だとすると、移住という選択肢を今から考えておくことは多くの日本人にとって大切なことだと思うんですよね。