「犬の十戒」というものをご存知でしょうか。



「ぼくのこと信頼してよ。ぼくが幸せでいるためには、みんなの信頼が必要なんだから」



「いっぱい話しかけてよ。人間の言葉はわからないけど、話しかけられてるんだってことはわかるんだ」



「ぼくをぶつ前に思い出してよ。ぼくはみんなの骨を簡単に噛み砕けるんだよ。でも、ぼく、絶対にそんなことしないでしょ?」



「犬の十戒」とは、世界中に広まっている作者不明の詩。犬が飼い主に覚えておいて欲しい、犬からのおねがいごとが込められています。



 そんな「犬の十戒」が冒頭に登場するのが、小説家・馳星周さんの新作『ソウルメイト』です。チワワやボルゾイ、ジャーマン・シェパード・ドッグなど、7匹の犬が登場する短篇集となっています。



 冒頭に収録されている「チワワ」は、定年を迎えた佐伯泰造とその家族の物語。もちろん、チワワの「ルビィ」も家族の一員です。佐伯さんは定年後に妻・時枝とともに軽井沢に引っ越し、アトリエにこもっては趣味の油絵を楽しんでいました。



 しかし、佐伯さんは少し頑固で難しいタイプの男性。犬と言えば大型犬だと思っていたことから、時枝がチワワを選んで帰ってきた時には、つい憮然とした表情に。また、軽井沢での生活を選んだのが時枝であることもあり、現状に幸せを感じるようになると、それを認めないようにつとめていたりもします。



 佐伯家には2人の娘がいるのですが、引越し時に手伝ってくれた後はそれっきり。時枝とは時折、電話で話しているようですが、佐伯さんには音沙汰なし。どうやら娘からは嫌われているようです。



「家族の幸せを願って定年まで働き、その結果、家族から背を向けられてしまった」と考えるようになってしまった佐伯さん。



 しかし、それは佐伯さんの勝手な思い過ごし。時枝や2人の娘は全く違った目で、「夫・佐伯」を、「父・佐伯」を見ていたのです。そして、飼い犬・ルビィも佐伯さんのことを「飼い主・佐伯」として見ていたようで......。人間模様も細かく描かれており、犬小説でありながら、家族小説ともいえるお話となっています。