軍が夜中にデモ隊狩り、ゴム弾が直撃…「それでも取材を続ける」ミャンマー現地記者の思い (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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軍が夜中にデモ隊狩り、ゴム弾が直撃…「それでも取材を続ける」ミャンマー現地記者の思い

鈴木貫太郎,西岡千史週刊朝日
デモ隊の前に立ちはだかる警官たち(現地記者提供)

デモ隊の前に立ちはだかる警官たち(現地記者提供)

 2月1日にミャンマーで発生した軍事クーデターから1カ月が経過した。抗議デモへの弾圧は日々激しさを増し、すでに50人以上が死亡している。

 フェイスブックなどのSNSはミャンマー国軍の命令で遮断されたままで、情報統制も厳しくなる一方だ。3月8日には、オンラインメディア「ミャンマー・ナウ」など、国内5つのメディアの免許が剥奪された。

 そんな中、現地の記者たちは命の危険をかえりみず現在も取材を続けている。軍の監視網をくぐり抜けて国外に情報を発信しているジャーナリストに取材をした。

* * *
「私も拘束される可能性がある」

 ヤンゴン市内周辺で取材を続けるミャンマー人の女性記者はこう話す。通常のインターネットは軍に監視されているため、VPN(仮想専用線)というサービスを利用して国外の人と連絡を取っている。自身への危険が高まっているため、匿名を条件に取材に応じた。

「これまでの取材で何度も催涙弾を浴びました。当局は、逃げ惑う市民を倒れるまで何度も殴打して拘束している。3月1日にヤンゴン市内で取材していた時には、ブルドーザーでバリケードを壊して市民に突っ込んできた。夜にはデモ参加者の家の前まで来て探し回っている」

 3日には、デモの弾圧で38人が死亡。暴力的な弾圧に批判が高まっているが、軍事政権は聞く耳を持たない。最近では記者への取り締まりも厳しくなり、2月26日には日本人の男性フリージャーナリストが一時拘束された。

「翌27日には、市民が設置したバリケードに閃光弾と催涙弾が投げ込まれ、当局が突入体勢に入った。それを見て私はすぐに現場を離れたのですが、逃げ遅れた知人の記者が拘束された。この日、少なくとも3人の記者が拘束されました」(前出の女性記者)

 今回の抗議デモの中心となっているのが、「Z世代」と呼ばれる10代から20代前半の若者だ。この世代はインターネットが身近にある環境で育った「デジタル・ネイティブ」で、環境保護運動家のグレタ・トゥーンベリさん(18)もZ世代だ。


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