春風亭一之輔・落語家
春風亭一之輔・落語家

 落語家・春風亭一之輔さんが週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「大歓声」。

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 みなさん、マスク外してますか? 3月13日から基本的に「自分の判断でどーぞ」ということらしいですが、なかなか外せませんやね。同調圧力? 上等です。日本人は同調圧力があったほうがすんなり世の中が回るんです。他人の顔色うかがいながら生きてて何が悪い。電車を待つときもちゃんと並ぶし、エスカレーターだってまだまだ片側開けちゃうんです。あれはもう「片側塞ぎ係」を雇って、右側(関西は左)に立たせておかないと直りませんね。注意喚起だけじゃムリムリ。してみりゃ、我々は本当にくみしやすい国民です。為政者は楽だろうなー。

 先日奈良に行きました。奈良といえば鹿。奈良公園を散歩していると『鹿寄せ』なるものに出くわしました。「奈良の鹿愛護会」という団体が定期的に行っているそうで、文字通り「鹿を寄せ集める」イベント。わざわざ集めなくてもいるじゃん、と思っていると半纏を着たお兄さんがホルンを手にやってきました。

「えーと、これから、鹿寄せを始めます。鹿はあっちから来ますー」。説明が大雑把なうえ、かなりなローテンション。「鹿はどんぐりが大好きです。ホルンを吹いてどんぐりをまくと集まりますので気をつけてくださいねー」。そんなものなのか。ていうか、鹿せんべいはそんなに好きじゃないのか? その辺に居る鹿は嬉しそうに食べてるけどな。

「いきます」。行くの? 来るんじゃないの? 「プオーーー、ファーーー!」。お兄さんがホルンを咥えても、周囲の鹿は草や鹿せんべいの破片を漁っています。なんの変化も無し。なおもホルンを吹くお兄さん。「来ないね」と口々に囁く観衆。なおも「プオーーー!」。1分、3分、5分経過。「なんだよ」「どうなってんだ?」「もう帰ろうか」。皆がそんなことを思い始めたその時!

「あれ!? 鹿!?」。女性が叫びました。遥か彼方から『茶色い絨毯』のようなものが……「プオーーー!」「ザザザザザザ!」とヒヅメで轟音を立てながら、鹿の大群がこちらに向かい迫ってきます! 瞬く間にお兄さんを取り囲み波紋のように広がっていく鹿鹿鹿鹿鹿。「わーーーっ!!」という大歓声。そこへお兄さんが腰に下げた袋の中からどんぐりをパラパラパラパラッ! 鹿はそれをモリモリモリモリーッと頭をこすりつけながら貪り喰らう。パラパラッ! モリモリッ! わーっ!

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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