中学生になると、以前ほどオーディションに合格できなくなったこともあり、「将来は、管理栄養士になろうか」などと、堅実な職業に就くことも真剣に考えるように。

「一番なりたかったのは、保健室の先生です。オーディションに落ちまくっていたとはいえ、そこそこ仕事はあったので、早朝の仕事を終えてから学校に行って、『はー疲れた』ってなったとき、逃げ込むのが保健室か、スクールカウンセラーの先生がいる部屋のどちらかだったんです。先生たちは、私の話を聞いて慰めてくれたりして、『将来はこういう仕事に就きたい』と憧れたんです」

 では彼女が、「女優として頑張っていこう」と思ったタイミングはいつだったのか。

「高3のときに、『悪の教典』という映画に出たことが大きかったです」

 貴志祐介さんの小説『悪の教典』は、様々な問題を抱える私立高校の英語教師が主人公。彼は実は自分に都合の悪い人間を次々と殺害していく生粋のサイコキラーで、生徒も徐々にそれに気づき始め、最後は連続殺人犯として逮捕されるという問題作だ。映画では、主人公の蓮実は伊藤英明さんが演じている。

「私は、映画が始まってすぐ殺される役だったので、ちょっとしか出ていないんですが、家族と一緒にいつも通っていた地元の映画館のスクリーンに、自分の名前を見つけたことが初めての経験で、あのときの感覚は忘れたくないし、一生忘れられないだろうなとも思いました」

 女優として頑張っていこうと決めた。そのときまで頭の片隅にあった「大学進学」の文字はいつしか消えていた。

(菊地陽子、構成/長沢明)

>>【後編】伊藤沙莉の“デビューあるある”とマネジャーに嘘をついた過去へ続く

週刊朝日  2020年10月2日号より抜粋