山本寛斎氏死去、デビット・ボウイの衣装も手掛けた異才が世界に伝えた日本の美意識とは (2/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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山本寛斎氏死去、デビット・ボウイの衣装も手掛けた異才が世界に伝えた日本の美意識とは

菊地陽子週刊朝日
在りし日の山本寛斎さん(撮影・横関一浩)

在りし日の山本寛斎さん(撮影・横関一浩)

「私は近年、服を売るのを目的とした商業的ファッションショウから離れました。私のショウの主役は服ではなく、服をまとった“人”そのものです。着る人の個性や生き様を最大限に表現します。だから参加する人も見る人々も皆元気になれる。人間が生き生きと生きていく、その根底の部分にタッチしたいと私は思っています」

 これまでにも、そのファッション同様、奇想天外でパワフルなショウやイベントを数多く手がけてきた。93年から四半世紀にわたりプロデュースしたイベントの総動員数は、360万人にものぼる。今年も、“人間讃歌”をテーマにした日本元気プロジェクトが、6月9日、六本木ヒルズアリーナで開催されることに。

「私にとって、“ショウ”とか“ライブ”ほど、元気になれる場所はありません。それは、人のエネルギーがそこに結集するからです。インターネットの普及で、世界中の人たちがすぐつながれる時代なんて言われていますが、私はそうは思いません。科学技術による時代の変化といっても、本当に変わっているのはごく一部に過ぎないからです。イベント会場には、匂い、熱気、雰囲気など、画面に映らないものがたくさんあります。人間が生き生きするためには、行動しなきゃいけない。人と会って、たくさん話さなきゃいけない。そうしないと獲得できないものがたくさんあると思うのです」

山本寛斎(やまもと・かんさい)/1944年生まれ。デヴィッド・ボウイ「ジギー・スターダスト」ツアーのステージ衣装を担当。74年から92年まで、パリ・NY・東京コレクションに参加。スペクタクルなライブイベントのプロデューサーのほか幅広いジャンルで活躍した

(取材・文/菊地陽子)

※週刊朝日 2018年4月27日号より再録


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