嫌いな母は看取れない…過干渉の母親が認知症になった女性の場合 (1/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

嫌いな母は看取れない…過干渉の母親が認知症になった女性の場合

このエントリーをはてなブックマークに追加
寺田和代週刊朝日#介護を考える
※写真はイメージです (GettyImages)

※写真はイメージです (GettyImages)

母娘問題のこれまでの流れ(週刊朝日2020年5月22日号より)

母娘問題のこれまでの流れ(週刊朝日2020年5月22日号より)

 都内の出版社で働く編集者、ハルカさん(55)の母(82)は今、重度の認知症を抱えて介護付き有料老人ホームで暮らす。

【アダルトチルドレン、毒母、毒親…母娘問題のこれまでの流れとは】

「認知症が進行して、あれほど執着した娘の私のことも、もうわからない。いい気なもんだ、と思います」

 ハルカさんは東京・下町で自営業の父(すでに死去)と母の一人娘として生まれた。影の薄い父に代わって母は商売をもり立て、ハルカさんの小学校時代はPTAのリーダー的存在だった。

「母は地元で評判の美人で、仕事でもPTAでもやり手。周囲から“すばらしいお母さん”と褒められるので、小さな頃は自慢でした」

 母の強さは、支配欲の強さや自己愛の表れにすぎないと気づいたのは成人後だ。

「子どもの頃、学校のテストで常に90点以上取らなければ叩かれました。中学時代は学年トップでないと口もきいてくれませんでした」

 PTA活動のボスだった母が“子分”に囲まれ、喫茶店などで長時間たむろする姿をしばしば見かけた。

「母の機嫌を損ねたPTA仲間の一人が村八分にされ、引っ越したことも。一家で町から出ていかなければならないほどのいじめ集団の頂点にいたのが母でした」

 担任の男性教師がなぜかハルカさんの家で夕食を食べてビールを飲み、座敷で寝ていたこともあった。

「保護者と教師以上の関係があったのかも。でも父は何も言わなかった。文句を言えば何倍もの反撃に遭うとわかっていたからでしょう。見て見ぬふりをし、聞き流すほうが嫌な時間を短くできる。それが父と私にできた唯一の対処法でした」

 母の過干渉は、ハルカさんの結婚後も衰えなかった。

「父が60代で亡くなり、母に泣きつかれる格好で私の夫が家業を引き継いでから、母の横暴はエスカレート。私の夫を散々いじめ、ある時、私たち夫婦がついに『わかった、出ていく』と告げた翌朝、母は食材を持っていそいそとわが家におしかけ、ご飯作ってあげる、あんたたちが好きだと。感情爆発(暴力)と謝罪を繰り返すDV夫と同じパターンですね」


トップにもどる 週刊朝日記事一覧

続きを読む

おすすめの記事おすすめの記事
関連記事関連記事

あわせて読みたい あわせて読みたい