競馬に夢中だった作家・下重暁子「『彼』の死に思う」 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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競馬に夢中だった作家・下重暁子「『彼』の死に思う」

連載「ときめきは前ぶれもなく」

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下重暁子週刊朝日#下重暁子
下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。主な著書に『家族という病』『極上の孤独』『年齢は捨てなさい』ほか多数

下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。主な著書に『家族という病』『極上の孤独』『年齢は捨てなさい』ほか多数

※写真はイメージです (Getty Images)

※写真はイメージです (Getty Images)

 人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の本誌連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は「『彼』の死に思う」。

*  *  *
 思い出とは、思いを出すことである。思いがなければ、思い出は出来ない。

 ずっと前に抱いた思いが、あるきっかけで思い出となって出てくる。

 今年ディープインパクトが死んだ。その死によって様々な思いが噴き出した。彼が活躍していた二〇〇五~〇六年頃、私は競馬に夢中だった。正しくは、ディープインパクトに夢中だった。昔から競馬がとりわけ好きなわけでも、詳しいわけでもなかった。

 その頃、私はJKA(当時・日本自転車振興会)の会長をしていた。競輪のエッセイを書いたのが縁で運営委員として外部から意見を言ったりしているうちに、小泉内閣の改革で、経産省の天下りではなく外部から人を送る、それも女性がいいということで白羽の矢が立ったのだ。最も苦手な組織の長など、とんでもないと逃げまわったが、女性の長を増やすためにもと肝をすえて引き受けた。

 その上、私は自転車に乗れないのだ。

 三期六年の在任中、全国の競輪場をすべてまわり、公営競技の中央競馬、地方競馬、ボートレース(競艇)等の会長と定期的に会合を持つ。

 競輪の車券を買うことは法律で禁じられているので、もっぱら中央競馬に通うことになる。いい時代だった。不世出といわれるディープインパクトが、重賞レースをあらかた制覇し、私は毎回パドックへ行ってナマのディープに会った。

 特別目立つ馬でもきれいな馬でもなかった。黒っぽい鹿毛で三本の脚の先に白い靴下をはいている。さり気なく歩き興奮することもなかった。

 私は、恋人を見つめるように彼を見つめた。はじめて走る姿を見た時、武豊騎手を乗せて後方からスタートし、するすると前に移動し、風のように一気に他の馬を抜き去る。

「走るというよりまるで空を翔ぶようでした」

 と武騎手は語っている。パドックを歩いている時の、多少さえない姿が全く変身して、馬というより鳥のように翼をつけて舞い上がる。


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