「気分ですね。お客さんとの気分のやりとりで舞台は成り立つ。だから毎日違う、生ものなんです」

 番組で藤山さんは矢沢永吉の「アンジェリーナ」をリクエストした。

「ええわぁ、この曲、なんど聴いてもうっとり」

 闘病中に励まされたとため息をつきながら、

「青空を思い浮かべながら聴いていました」

 家族を無垢に愛する心を演じたいという藤山さんには、来年「藤山寛美歿後三十年喜劇特別公演」が控えている(大阪松竹座)。

「父の寛美は密度の濃い人生を送った人でした。でも家では普通のおっちゃんでしたよ。ステテコ姿で居間の電球を替えてくれたり(笑)」

 男は世間での顔が命だから、外では違う顔なんだと友達に教えられたという。

 藤山さんはお父さんと一緒に舞台に立つことはほとんどなかった。

「あなた(直美さん)が私と舞台に立つと共演者もスタッフも気を遣うでしょ」と周りに気を配った父だった。娘に「芝居は、最後は人間性やで」と諭していた。

「芝居は人間性。これは一生の課題ですね。難しい。でも、身近なことでもあるのかなって思うんです」

 藤山さんはお父さんの言葉を味わいながら、思い出話を披露してくれた。

「父は頭を下げる角度が誰に対しても同じだった。損得では動かなかった。『ええか、主語は相手、自分はあくまで述語やで』と私に教えてくれた父でした」

週刊朝日  2019年8月30日号

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延江浩

延江浩

延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー、作家。小説現代新人賞、アジア太平洋放送連合賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞、放送文化基金最優秀賞、毎日芸術賞など受賞。新刊「J」(幻冬舎)が好評発売中

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