「映画って、人が飛んだほうがいい。“飛ぶ”というのはあくまで比喩ですが、世の中に様々な表現手段がある中で、映画は特に自由度が高い。そこでは起こるはずのないことが起きてほしいし、僕らも何かしらの“奇跡”を見せたいと思うんです」
2010年公開の「川の底からこんにちは」では、ブルーリボン賞監督賞を史上最年少の27歳で受賞。「舟を編む」(13年)では、日本アカデミー賞最優秀作品賞と最優秀監督賞を受賞し、「映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ」(17年)はキネマ旬報の日本映画ベスト・テン第1位に選ばれた。石井裕也さんは今、国内外でもっとも新作を期待される映画監督である。
待望の最新作は、少女漫画が原作。38歳の若手プロデューサーから、「この少女漫画原作映画を持って、海外に打って出たい」と熱弁を振るわれ、監督自身も、「今、少女漫画原作が流行っている。流行っているものに飛びつくのは監督としては正しい姿勢だ」と思い快諾した。
「真剣に少女漫画を読んだのは初めてで、最初は、徹頭徹尾“好きとは何か”を問いかける展開に面食らいました(笑)。でも、読み進めていくうちに、35歳の僕は人を好きになることの痛みや苦しみや喜びについて考えることをやめていただけで、“なぜ人は人を好きになるのか”という問いかけについて、何もわかっていなかったことに気づいたんです」
映画「町田くんの世界」は、運動も勉強も不得意だが、持ち前の優しさで周囲の人を惹きつけていく“町田くん”が主人公。町田くんとヒロインはオーディションで無名の新人が抜擢されたが、それを取り囲むキャストは、ベテランから若手まで全員主役クラスの華やかさだ。
「町田くんの無垢な愛によって、登場人物それぞれに奇跡が起こるんですが、佐藤浩市さん演じる写真誌の編集長・日野だけは、『俺たちは、どうしようもねぇんだ』という諦めの言葉を呟きます。でも、日野だって奇跡を信じていないわけじゃない。たぶん日野は日野なりに、正しいと思うことをやってきたんです。出番は少ないですが、そんな人としての奥行きを感じさせてくれるところは、さすが浩市さん、と思いました」