「巨人の衰退、広島の躍進」はなぜ起きたか? プロ野球“平成史” (1/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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「巨人の衰退、広島の躍進」はなぜ起きたか? プロ野球“平成史”

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小島清利週刊朝日
平成31年、開幕セレモニーであいさつする広島の選手たち (c)朝日新聞社

平成31年、開幕セレモニーであいさつする広島の選手たち (c)朝日新聞社

平成元年、セ・リーグ優勝を果たし、胴上げされる巨人の藤田元司監督 (c)朝日新聞社

平成元年、セ・リーグ優勝を果たし、胴上げされる巨人の藤田元司監督 (c)朝日新聞社

 プロ野球が開幕し、令和元年の頂点をかけた戦いが始まった。平成時代を振り返ると、人気と実力を兼ね備えた盟主・巨人の絶対的な地位が揺らぎ、広島やソフトバンクなど地域球団の躍進が鮮明になった。その背景にあったのは、サッカーの台頭や一流選手がメジャーリーグを目指すグローバル化など、スポーツビジネスをめぐる大競争時代への突入だった。

【写真】平成元年、セ・リーグ優勝を果たし、胴上げされる巨人の藤田元司監督

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 思い起こせば、平成元(1989)年の日本シリーズは、セ・リーグの覇者巨人と、パ・リーグを制した近鉄が対決した。巨人の藤田元司、近鉄の仰木彬の両監督は、選手の力を引き出す手腕を「マジック(魔術)」と称された。巨人が3連敗の後の4連勝で逆転優勝を飾り、藤田マジックに軍配が上がった。

 V9という輝かしい業績を残した「昭和」に引き続き、「平成」のプロ野球も巨人の時代であることを予感させた。

 しかし、平成には、国民的な人気を誇ってきたプロ野球界を揺さぶる激変が矢継ぎ早に起こる。まずは、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)というライバルの出現である。平成5年に開幕したJリーグの特徴は、クラブ名称に企業名を使うことを原則排除し、地域名称と愛称にしたことだ。

 それまでのプロ野球の球団経営は、「読売巨人軍」など、筆頭株主であるオーナーの企業名を冠にするケースがほとんどで、球団は親会社の広告塔と認識されていた。つまり、「球団が儲からなくても、オーナー企業に宣伝効果をもたらせばいい」という甘えの構造が蔓延していたのだ。

 ところが、バブル経済の崩壊や失われた20年といった「平成不況」で、プロ野球のオーナー企業に球団を広告塔として持つ余裕がなくなってくるケースも出てきた。

 赤字体質の球団経営を見直す動きが加速する中で、平成16年、オリックスと近鉄の合併が表面化したことに端を発するプロ野球の再編問題が勃発した。

 その陰には、プロ野球界を10球団による1リーグ制に再編する動きがあった。縮小に向かう方向性に対し、話し合いの場を模索する選手会の言動を伝え聞いた巨人の渡辺恒雄オーナー(当時)が「分をわきまえなきゃいかんよ。たかが選手が」と発言し、ファンからの批判が高まった。


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