昔の人は噛むことと、脳への刺激を結びつけて、頭が良くなると言ったのです。これは認知症の予防にもつながります。

 そして、もう一つ重要なのが、脳内伝達物質の分泌です。

 脳生理学者の有田秀穂さん(東邦大学医学部名誉教授)によると、リズミカルによく噛むことにより、前頭前野からの3種類の脳内伝達物質の分泌がよくなるのだそうです。この三つはドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニンです。

 ドーパミンは意欲をかき立て、ノルアドレナリンはストレスに対する反発力を強め、セロトニンは他人を思いやる共感力を高めると言います。また、うつを防ぐ効果もあります。これらは、脳の健康には欠かせない要素ではないでしょうか。よく噛むことは、やはり健脳につながるのです。

 だからといって、一度に何十回も噛もうなどと決めるのは考えものです。食事は噛むためにあるのではなく、食べることを楽しむためにあるのです。

 前回のシリーズ「養生訓」で紹介しましたが、貝原益軒は「す(好)ける物は脾胃のこのむ所なれば補となる」と語っています。好きなものは薬になるというのです。楽しんでよく噛む、これが大事だと思います。

週刊朝日  2018年10月5日号

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帯津良一

帯津良一

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

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