歌うのを避けていた時期も…永六輔さん3回忌・梓みちよさんが明かした「こんにちは赤ちゃん」秘話 (2/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

歌うのを避けていた時期も…永六輔さん3回忌・梓みちよさんが明かした「こんにちは赤ちゃん」秘話

このエントリーをはてなブックマークに追加
伏見美雪週刊朝日
「『こんにちは赤ちゃん』がレコード大賞を受賞しました」とアルバムに書かれた写真。永さんが作詞、中村八大さん(右)が作曲、梓みちよさん(中央)が歌った同曲は、1963年11月に発売されるや100万枚を超える大ヒットとなった (永麻理さん提供)

「『こんにちは赤ちゃん』がレコード大賞を受賞しました」とアルバムに書かれた写真。永さんが作詞、中村八大さん(右)が作曲、梓みちよさん(中央)が歌った同曲は、1963年11月に発売されるや100万枚を超える大ヒットとなった (永麻理さん提供)

 永六輔さんとは長い付き合いだったため、思い出は「本当にたくさんある」という梓さんだが、特に最後に会ったときのことが強く印象に残っているという。

「亡くなる2年前に『夢であいましょう』のイベントでご一緒したのですが、その打ち上げの際に『こんにちは赤ちゃん』のアンサーソングを作ろうよという話で盛り上がりました」

 残念ながら、その曲ができることはなかったが、天国の永さんに今だから伝えたいメッセージはありますかと尋ねると、梓さんはこう答えた。「永さんからいただいた素晴らしい楽曲と思い出を胸に、私は生涯歌い続けたいと思います」。(本誌・伏見美雪)

週刊朝日オンライン限定記事


トップにもどる 週刊朝日記事一覧

おすすめの記事おすすめの記事
関連記事関連記事

あわせて読みたい あわせて読みたい