オウムの麻原、井上、土谷、新実ら死刑囚の最期の瞬間「その後、仕事できず」と検察幹部 (1/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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オウムの麻原、井上、土谷、新実ら死刑囚の最期の瞬間「その後、仕事できず」と検察幹部

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井上嘉浩元死刑囚 (c)朝日新聞

井上嘉浩元死刑囚 (c)朝日新聞

教団で最も血なまぐさい男と呼ばれた新実智光元死刑囚 (c)朝日新聞社

教団で最も血なまぐさい男と呼ばれた新実智光元死刑囚 (c)朝日新聞社

 地下鉄サリン事件など、オウム真理教の一連の事件で死刑が確定、麻原彰晃元死刑囚ら教団幹部7人の死刑が執行されて1週間が経過した。麻原はじめ、元死刑囚らの執行時の様子が次第に明らかになってきた。

【写真】獄中結婚した妻の面会を毎日心待ちにしていた元死刑囚とは

「死刑執行の2、3週間前から『刑場の清掃がはじまった』という話が聞こえてきました。死刑がある前には、必ず念入りに数回、清掃があるのです。そして『テストもやっている』という声も入りました。テストというのは、死刑執行の装置、踏み台などが正常に作動して落ちるのかなど、確認作業をすることです。拘置所の職員の間では、正直、自分たちが担当になるかならないか、緊張感がありましたね。今回はオウム真理教の死刑囚であることは、容易に想定できましたから」(大阪拘置所関係者)

 死刑執行された7月6日、麻原元死刑囚は、毎朝7時の起床に合わせて、東京拘置所の独居房で目を覚ましたという。その後、朝食をすべて食べて食器を戻してほどなく、刑務官から

「出房」

という声がかかった。

 日常、運動も拒否し、独居房から出ることがない麻原元死刑囚。刑務官の声にも、ほとんど反応しなかった。だが、この日は複数の刑務官が麻原元死刑囚の独居房に入り、

「連行」

と声をかけ、連れ出した。

 通常、収容者が使用しない通路を通って、麻原元死刑囚は刑場へと向かったという。そこには「万が一」に備えて、複数の刑務官が通路に立ち、警戒していたそうだ。その時、麻原元死刑囚はさしたる反応がなかったという。

 刑場の前にある「教誨室」で椅子に座るように促された、麻原元死刑囚。

「今日、お別れの日がきました。教誨、どうしますか」

 教誨とは、死刑執行前に、僧侶や牧師から講話を受けること。そう聞かれたが、無反応で何も語らない麻原元死刑囚。設置されている、仏壇に手を合わせることもなかったという。何度も、同じことを聞かれたが、何も答えなかったという。

 遺書を書くかと聞かれたが、それにも

「……」

と返事はなかった。

「麻原元死刑囚は、普段は一日中、独居房の壁にもたれかかり、うつろな顔でボーっとしているだけ。しかし、3度の食事は食べます。この日、教誨室で死刑執行を知った時は、本当か?という感じで、キョトンとして信じられないという表情だったそうです」(法務省関係者)


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