井上死刑囚から勧誘された医師が明かす「オウム真理教事件は受験エリートの末路」 (2/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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井上死刑囚から勧誘された医師が明かす「オウム真理教事件は受験エリートの末路」

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上昌広週刊朝日#オウム真理教

1990年に都内の道場で記者会見するオウム真理教元代表の麻原影晃(松本智津夫)元死刑囚(c)朝日新聞社

1990年に都内の道場で記者会見するオウム真理教元代表の麻原影晃(松本智津夫)元死刑囚(c)朝日新聞社

オウム真理教の元幹部で「諜報省」の最高責任者だった井上嘉浩元死刑囚。上昌広医師は、井上元死刑囚から勧誘を受けたという(c)朝日新聞社

オウム真理教の元幹部で「諜報省」の最高責任者だった井上嘉浩元死刑囚。上昌広医師は、井上元死刑囚から勧誘を受けたという(c)朝日新聞社

「オウム真理教事件は受験エリートの一つの末路。背景にリアリティーの乏しさがあった」と語る上昌広医師(c)朝日新聞社

「オウム真理教事件は受験エリートの一つの末路。背景にリアリティーの乏しさがあった」と語る上昌広医師(c)朝日新聞社

 その後、1994年の年末には浅草で、NHKに就職した高校の同級生とIくんと3人で飲んだ。この同級生はオウム真理教報道に絡み、その後NHKを退職することとなった。この時I君が「ハルマゲドンが起こる」と言ったことを覚えている。2人で「何を言っているんだ」とからかった。

 次に、私がオウム真理教と絡むのは、95年3月のテロ事件の後だった。ほどなく、警視庁公安部から職場に電話がかかってきた。連絡してきた理由は「狙撃された国松長官(当時、教団に対する捜査を指揮していた国松孝次元警察庁長官)とオウム真理教の幹部の両方を知っているのは先生しかいない」ためだった。国松さんは、東京大学剣道部の先輩で、当時その住所は東京大学剣道部のOB会誌と、官僚の幹部名簿にしか載せてなかったようだ。

 このときのヒアリングで、公安警察の刑事が、94年の年末に私とIくんが浅草であったことも知っていた。関係者の手帳を押収したのか、そのころから内偵していたのかわからない。

 その年の夏には、新宿署の刑事がやってきた。もう1人の同級生であるT君が、東京都庁に爆弾を郵送し、被害者が出たためだ。その後、彼は懲役15年の刑で服役する。この時、新宿署の担当者には、「事件発覚直後に公安警察の方々に話しましたよ」と伝えた。彼らが、この情報を全く知らなかったことに驚いたからだ。刑事いわく、「あの人たちは、われわれには全く教えてくれない」との事だった。さらに「先生が、全部話してくれるので、こちらもいろいろと話しましょう」と言ってくれた。

 当時東京大学医学部からオウム真理教に絡んだのは名前が出ている2人だけではなかったとのことだ。大勢が富士の裾野に行ったらしい。その後の経緯はわからない。簡単に縁は切れなかっただろう。当時同級生でうわさになっている人物もおり、私の頭をよぎった。彼は、現在、普通に医師として働いている。同じような医師は他の大学にもいる。彼らとI君、T君を分けたのは偶然だ。



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