ちなみに「Iさんはあまりに真面目で、すこし『鈍くさい』ので麻原も一連の事件では使わなかったみたいですよ」とも教えてくれた。教団幹部で彼が起訴されなかった理由なのだろう。このあたり、麻原(教団元代表の松本智津夫元死刑囚)は人をよく見ている。

 そして、刑事らは帰り際に「先生が無理やり連れて行かれなかった理由がよくわかります」と言った。おそらくそれは「リアリティー」だと思う。私は、受験の世界ではエリートだったかもしれないが、剣道の世界では三流だった。挫折し、コンプレックスを抱いていた。オウムのいうことは、剣の修行についてはしょせんきれいごとだった。チベット密教の権威を持ち出されても、絶対に受けいれられない話だった。

 エリートは権威に弱い。権威の名前を出されると、そのことを知らない自分の無知をさらけ出すのが恥ずかしく思い、迎合しようとする。決して「わからない」とは言わない。私を含め当時の東京大学の学生が、オウム真理教に引きずられていたのは、このような背景があるのではなかろうか。挫折を知らない、真面目で優秀な学生だからこそ、引き込まれる。

 あれから23年が経過して、事件は大きな節目を迎えた。だが、当時の受験エリートたちに欠けていたものを、今の社会は埋めることができているだろうか。ネット社会になって、ますますリアリティーがなくなっていると私は感じる。ますます、カルトへの免疫がなくなる、と危惧している。

※週刊朝日オンライン限定記事

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上昌広

上昌広

上昌広(かみ・まさひろ)/1968年生まれ。特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所理事長。医師。東京大学医学部卒。虎の門病院や国立がんセンター中央病院で臨床研究に従事。2005年東京大学医科学研究所で探索医療ヒューマンネットワークシステムを主宰。16年から現職。著書に病院は東京から破綻する(朝日新聞出版)など

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