加藤登紀子が歌手生活50余年をコンサートで総括! 自伝やベスト盤CDも発表 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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加藤登紀子が歌手生活50余年をコンサートで総括! 自伝やベスト盤CDも発表

佐藤修史週刊朝日
熱唱する加藤登紀子(写真家・ヒダキトモコ)

熱唱する加藤登紀子(写真家・ヒダキトモコ)

客席にほほえみかける加藤登紀子(写真家・ヒダキトモコ)

客席にほほえみかける加藤登紀子(写真家・ヒダキトモコ)

ステージに並んだ出演者たち(写真家・ヒダキトモコ)

ステージに並んだ出演者たち(写真家・ヒダキトモコ)

加藤登紀子が4月に発表した自伝『運命の歌のジグソーパズル』

加藤登紀子が4月に発表した自伝『運命の歌のジグソーパズル』

 加藤登紀子のコンサート「TOKIKO'S HISTORY~花はどこへ行った」が4月21日に始まった。東京・渋谷での初演では、「百万本のバラ」「知床旅情」といったヒット曲、宮崎駿監督のアニメ映画『紅の豚』の挿入歌「さくらんぼの実る頃」など、50余年の歌手人生を彩ってきた計20曲を披露。それぞれの曲を慈しむように歌い上げた。

 東大在学中だった1965年にデビュー。以来、世代やジャンルを超えて幅広い音楽活動を続けている。その原点は、ベトナム反戦を中心に世界中が民主化の波に揺れた「68年」だという。東大でデモに参加し、学生運動家だった後の夫と出会った年でもある。

 今年は68年から半世紀。4月にCD2枚組35曲入りのベスト盤を発表。同時に自伝『運命の歌のジグソーパズル TOKIKO'S HISTORY SINCE 1943』(朝日新聞出版)も出した。同書には、出生、旧満州からの引き揚げ、結婚、子育てといった人生を振り返りつつ、数々の歌とのドラマチックな出会いをつづっている。公演のタイトルに掲げた「花はどこへ行った」は、68年に世界中で歌われた米国の反戦歌だ。

 21日のステージは、英国のメリー・ホプキンが68年にヒットさせた「悲しき天使」で幕を開け、やはり同年にフランスで歌われた「美しき5月のパリ」を続けた。

 数曲歌うたびに、曲の解説とともに“自分史”を語った。

 「知床旅情」については、「この歌を初めて聴いたのは1968年の3月でした。1人の男が、歌手である私を前にして歌ってくれたのです。後に夫になる男です」。76年につくった「あなたの行く朝」では、娘2人の育児に触れ、「2人を寝かせた後、夜に曲をつくるのは大変だった。たとえ結婚し、母になっても、『私』の歴史は私にしか描けない、しっかりしろと自分に言い聞かせました」とのエピソードを披露した。

 韓国の洪蘭坡(ホン・ナンパ)が作曲し、抗日歌となった「鳳仙花」、ベトナム戦争をテーマにした自作曲「1968」、そしてピート・シーガーの「花はどこへ行った」で中盤のクライマックスをつくった。

 後半では、第2次世界大戦中のソ連映画の挿入歌「暗い夜」、生まれ故郷のハルビンへの愛を込めた「遠い祖国」などを情感たっぷりに歌った。初めて公演に採り入れたバラライカ(ロシアの弦楽器)の切ない音色が歌声を引き立てた。

 敬愛するエディット・ピアフの「愛の讃歌」を歌い出すと、客席からひときわ大きな拍手が沸いた。アンコールの「百万本のバラ」では多くの聴衆が立ち上がり、大合唱となった。

「まだまだ話し足りないんですけど(笑)、もっと知りたい方はぜひ『運命のジグソーパズル』を読んでください」

 そう言って客席の笑いを誘い、幕を閉じた。

 コンサート「花はどこへ言った」は、6月3日(山形市)、同10日(神戸市)、同16日(神奈川県横須賀市)……と続く。(本誌・佐藤修史)

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