「しょっちゅう大人の人の後をくっついていって、大人の人の話を聞いてばかりいました。でも、人としてどんなに成熟したくても、芝居がうまくなるように修練を積んでも、憧れた人たちには、全然追いつけない。山崎努さんにははっきりと、『急いで成熟することなんか無理。人間は、誰しも順番に年を取っていくことしかできないんだ』と言われたこともあります。それに30年近く芝居をやっても、蓄積されたものなんて何もないんですよ。経験を積んで、芝居の引き出しが多くなるかと思いきや、一つの作品が終わるたびにその経験は解体されて、次の台本が来るときは、またゼロからの始まり。たくさん経験を積めば、新しい役にもラクに入れるようになるのかと思ったら、そんなことはなかった(苦笑)」

 舞台に関しては、依頼があった作品を、スケジュールが合う限りは断らず、すべてやるようにしている。舞台の基礎やメソッドなども、実践で身につけた。そんな彼の最新の出演作「岸 リトラル」は、2014年と17年に上演され、文化庁芸術祭賞大賞や読売演劇大賞最優秀演出家賞など、数々の演劇賞に輝いた「炎アンサンディ」を書いた、レバノン出身の劇作家ワジディ・ムワワドの“約束の血4部作”の1作目である。

「ワークショップを通してできあがった作品で、凄惨な人生を送っている若者たちと僕が演じる死者との対話が興味深い内容です。演劇は、目の前にいる人間が、その肉体と言葉を通して、“見知らぬ世界”に観客を連れていくものだと思う。CGとか最先端の技術は一切使っていないのに、観客の想像力と手をつなぎながら、違う世界を体験できるところに、演劇の魅力があると思うんです」

(取材・文/菊地陽子)

週刊朝日  2018年2月2日号