君は電撃バップを聴いたか!? 「2017年のラモーンズ」体験記 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

君は電撃バップを聴いたか!? 「2017年のラモーンズ」体験記

このエントリーをはてなブックマークに追加
太田サトル週刊朝日
3年ぶりに来日し、ラモーンズの名曲を披露したCJラモーン(太田サトル撮影)

3年ぶりに来日し、ラモーンズの名曲を披露したCJラモーン(太田サトル撮影)

「GABBA GABBA HEY」の看板を掲げる観客ら(太田サトル撮影)

「GABBA GABBA HEY」の看板を掲げる観客ら(太田サトル撮影)

ニューヨーク・パンクの象徴的な作品となった『ラモーンズの激情』

ニューヨーク・パンクの象徴的な作品となった『ラモーンズの激情』

ファンクラブのyuki kuroyanagi会長の著書『Thank You RAMONES』

ファンクラブのyuki kuroyanagi会長の著書『Thank You RAMONES』

 Hey! Ho! Let’s Go!!

 Hey! Ho! Let’s Go!!

 10月30日。渋谷クラブクアトロのフロアを埋めたファンが叫び続ける。

 ラモーンズの代表曲であり、“パンク・アンセム”とも言える「電撃バップ」のフレーズだ。

 会場全体が大きな声援に包まれる中、伝説の男が姿を見せた。「ワン、ツー、スリー、フォー!」。おなじみのかけ声で「デュランゴ95」の爆音が轟く――。

 3年ぶりに来日したCJラモーン。言わずと知れたラモーンズの元メンバーである。11月1日まで東京、名古屋、大阪を回った。

 ラモーンズはニューヨーク・パンクの先駆者で、1976年に『ラモーンズの激情』でアルバム・デビューした。薄汚れた革ジャン、破れたジーンズ姿のメンバー4人がれんが造りの壁にもたれかかるジャケット写真は、あまりにも有名だ。だが、そこに写る4人はすでにこの世にはいない。

 CJは89年から96年にバンドが解散するまでの間、ベースを担当した。現在はソロで活動中だが、今回は自らのバンドを率い、リード・ヴォーカルをとった。

 渋谷クワトロでは、オープニング時からフロアでモッシュやダイブが巻き起こった。「レッツ・ゴー」、「シーナはパンク・ロッカー」「ジュディ・イズ・ア・パンク」……1曲3分に満たないラモーンズの名曲が繰り出されるたびにファンは狂喜乱舞した。

 解散から21年。ラモーンズのファンクラブが現存するのは世界で日本だけ。クアトロには全盛期のラモーンズを知らないであろう若者も多かったが、ファンクラブには今でも毎月入会希望者がいるという。

 ファンクラブのyuki kuroyanagi会長は生前のジョニー・ラモーンらと交流があり、10月下旬には『Thank You RAMONES』(リトルモア刊)を出版した。

「サイコ・セラピー」「ギミ・ギミ・ショック・トリートメント」「アウトサイダー」「ロックアウェイ・ビーチ」……“ラモーンズの継承者”CJは、自らのソロ曲も交えながらパフォーマンスを続けた。外国人も含めて老若男女が身体を揺らし、ジャンプし、拳を上げ、大声で歌う。

 もちろん聞き慣れたジョーイ・ラモーンの声ではない。ジョニー・ラモーンもディー・ディー・ラモーンもいない。当のCJも短髪、マッチョで、ラモーンズのパブリックなイメージのルックスとは離れている。だけどそこには確かにラモーンズのライブの空気があった。

 クライマックスは、「GABBA GABBA HEY」の掛け声でおなじみの「ピンヘッド」。フロアのあちこちに「GABBA GABBA HEY」と書いた看板を掲げるファンが登場。大きく盛り上がったまま本編が終わった。
 アンコールで演奏された「電撃バップ」。

 Hey! Ho! Let’s Go!!

 Hey! Ho! Let’s Go!!

 ひときわ大きな掛け声が響く。

 2017年の秋、ラモーンズは確かにそこに帰ってきていた。(週刊朝日/太田サトル)

※週刊朝日オンライン限定記事


トップにもどる 週刊朝日記事一覧

続きを読む

関連記事関連記事

このエントリーをはてなブックマークに追加
あわせて読みたい あわせて読みたい