ミッツ・マングローブ「テレビらしさの最後の砦は歌手・中山秀征」 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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ミッツ・マングローブ「テレビらしさの最後の砦は歌手・中山秀征」

連載「アイドルを性せ!」

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ミッツ・マングローブ週刊朝日#ミッツ・マングローブ
ヒデさんの作るテレビには、かつて夢中になった様式美が・・・(※写真はイメージ)

ヒデさんの作るテレビには、かつて夢中になった様式美が・・・(※写真はイメージ)

 ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「中山秀征」を取り上げる。

*  *  *
 私がテレビに出るようになって8年ぐらいになります。子供の頃、漠然と観ていた画面に当たり前のように存在していた黒柳徹子さんや志村けんさん、なぜか勝手に『この世の生き物ではない』と判断していた榊原郁恵さんや由紀さおりさん、画面越しに憧れを抱いた芳村真理さん。そして多感な時期に様々な影響を受けたビートたけしさん、古舘伊知郎さん、とんねるず、コロッケさん、和田アキ子さん、美川憲一さんなど。しみじみと自分が「テレビの中にいる現実」を痛感させてくれるテレビスターたちです。

 テレビに出まくり始めた頃の私は夜の世界に没頭し、テレビを観る暇も録る情熱も確保できない生活が5年ぐらい続いていました。いわゆる『テレビ離れ』を起こしている中、ある日突然『出る側』になっていた。長年テレビからインプットし培った感性や芸を、アウトプットする場として提供してもらったメディアが、奇しくもテレビだったという感じでした。

 そんな私に、『出ている感慨』とは別の『テレビ』を思い起こさせてくれた人がいます。中山秀征さんです。ヒデさんの作るテレビには、かつて私が夢中になった様式美があります。そしてテレビには欠かせないイモっぽさと胡散臭さを大切にされ、常に『カッコつけ感』があります。私が最もテレビを意識的に観ていたのは、元来の様式美ではなく『本音』や『ガチ』が芸能的にも倫理的にも正義になりつつあった90年代。そして『中山秀征』は、90年代的テレビの象徴でした。しかし21世紀のテレビ界で、失われつつある様式美を頑なに貫いているのもまた中山秀征なのです。実際にヒデさんの番組に出た時の「あ、私が観たい、出たいと思っていたテレビの感じはこれだわ!」という高揚感は格別なものでした。


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