酒の代わりは、手作りの甘酒(撮影/小暮誠)
酒の代わりは、手作りの甘酒(撮影/小暮誠)

 まさに「プールの主」といった様子で、大きく腕を動かしながら、ゆったりとしたフォームで悠然と泳いでいく。水の中が実に気持ちよさそうだ。主の正体は、マスターズ大会(シニア世代のスポーツ大会)世界記録を3回樹立している稲富敏美さん(91)だ。

 千葉県柏市を拠点とする柏洋スイマーズマスターズクラブは、日本で最も大きいマスターズの水泳チームだ。100人ほどが所属している中で、稲富さんは最年長。プールサイドから見ると、どれが稲富さんなのかわからないほど周りとの年齢差を感じさせない。

 それもそのはず、これまで収めた記録は桁違いだ。警視庁勤務時代から大会に出場し、警視庁職員水泳競技大会で優勝経験も。1989年にマスターズ大会に出場してから、国内1位の記録は70個、日本記録を23回と、年齢を更新するたびに、記録も更新してきた。

 そんな稲富さんでも、病気と無縁というわけではなかった。これまでがんなど手術を4回経験。2015年1月には大腸を10センチほど切除した。「お粥しか食べられなくて激ヤセしちゃった」というが、その2カ月後には大会に参加し、個人3種目、リレー5種目に出場するという鉄人ぶりを周囲に見せつけた。

「リレー種目はチームの合計年齢が320歳以上という規定があるから、僕が出ないとそれを下回ってしまうんですよ」

 最年長としての責任は重大なのだ。

 生まれは福岡県八女市。水泳を始めたのは、「歩き始めたのと同じくらい」。物心がついたときには近所の矢部川で泳いでいた。

「台風がくると喜んで川に飛び込んだり、そんなことばかりしていましたね」

 学生時代はマラソン選手で、坂を登るのが得意だった。肺活量には当時から自信があったという。

 長く活躍を続けられる秘訣を聞くと、意外にも「決して無理しないこと」。そのマイペースで丁寧な生活の様子を教えてくれた。

 朝は5時起床で、ウォーキングが日課。今年、ふくらはぎの肉離れを起こしてしまい、いまは中断しているが、そろそろ再開したいと考えている。朝食は、ごはんと、具だくさんのみそ汁。大根、ニンジン、里芋、玉ねぎが必ず入る。8年ほど一人暮らしで、食事の用意も自分で行うという。

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