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ロバート キャンベルが“井上陽水”に悩まされる その理由は

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ロバート・キャンベル(右)と林真理子(左)(撮影/写真部・小原雄輝)

ロバート・キャンベル(右)と林真理子(左)(撮影/写真部・小原雄輝)

 日本文学者で、この4月から国文学研究資料館の館長となったロバート キャンベルさんは、交友関係が広いことでも知られています。その中でも仲が良いというミュージシャンの井上陽水さんとのエピソードを作家の林真理子さんが、聞きました。

*  *  *
林:私はキャンベルさんの交友の広さにもびっくりしていますけど、いちばん気が合って、今でも仲良くしている方はどなたなんですか。

キャンベル:井上陽水さんですかね。僕が5年ぐらい前に長期入院をしたとき、仕事をしちゃいけないと言われて、そのときに井上陽水さんの歌を50曲英訳したんです。

林:ほォー。

キャンベル:写経するように、毎日1曲ずつ英訳していきました。編集者もいないし、締め切りもないし、毎日気持ちよく、きょうは「青い闇の警告」、あしたは「とまどうペリカン」、その次の日は「カナリア」と手を付けていったんです。

林:井上さんはキャンベルさんが英訳をなさっていることを知っているんですか?

キャンベル:はい。当時から「大いにおやりなさい」と言ってくれていたんですよ。でも、井上さんの歌詞って、わけがわからないところがあって……。だから、4、5年かかえこんでいて、ときどき取り出して推敲しているんですよね。

林:たとえば「いっそセレナーデ」ってどういう訳なんでしょうね。

キャンベル:そう思うでしょう? 「いっそ」って、「いっそうセレナーデっぽく」という意味なのか、「いっそのこと」という意味なのか。「飾りじゃないのよ涙は」に出てくる赤いスカーフって、彼女が着けてるのか、街の風景の中にあるのか。それがわからないと翻訳できないんですよ。

林:ご本人には聞かなかったんですか?

キャンベル:聞きたいんだけど、井上さん、そういうことを聞かれるのが苦手なんですよね。何度かお食事したこともありますけど、白ワインを飲みながら、のらりくらりと「そうねえ、どっちなんだろうねえ……。ところでさ」みたいな(笑)。それで去年TOKYO FMで井上陽水さんを呼んで特番をつくったんです。二つ三つは明快な答えが出るんじゃないかなと思って。

林:ええ、ええ。

キャンベル:たとえば「とまどうペリカン」という曲には、ライオンとペリカンが出てくるんですけど、果たしてどっちがオスでどっちがメスか、真正面から議論しました。英語って、男女が決まらないと訳せないんです。それで、「僕は最近、ライオンがメスじゃないかと思う」って言ってみたら、「そうだね。俺も歌っててそういう気持ちになるときがあるんだ」っておっしゃって。目からウロコが落ちるような話がたくさんありました。それを踏まえて、今、井上陽水さんの歌詞英訳詩集を、本当につくっているんです。

林:そうなんですか。ぜひすてきな本にしてください。

キャンベル:日本文化を世界に発信する機会のひとつになればと思っています。ほかにも、各国の翻訳者を僕が館長をしている国文学研究資料館に招聘(しょうへい)して、今、その国の読者が求めている日本文学を選び出して翻訳してもらうことも考えています。

林:それもおもしろいですね。

キャンベル:御伽草子、黄表紙、読本などを、現代の日本人の頭の上を飛び越えて、フランス語とか英語とかハングルに生まれ変わらせることができるかもしれない。そう考えると、うれしくなってきますよね。

週刊朝日  2017年2017年9月1日号より抜粋


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