宮里藍引退 担当記者が語る素顔の藍ちゃん 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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宮里藍引退 担当記者が語る素顔の藍ちゃん

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週刊朝日
引退発表に衝撃が走った (c)朝日新聞社

引退発表に衝撃が走った (c)朝日新聞社

 女子プロゴルファーの宮里藍(31)が現役引退を電撃発表した。2006年の米ツアー本格参戦から12年。数年前、渡米直後の心境をしみじみ振り返ったことがあった。

「今でこそいい思い出ですが、日本では環境の変化にいっぱいいっぱいでした。まだ、20歳そこそこ。自分をどう保っていいのかわからなくなっていた」

 宮城・東北高校3年の03年、アマチュアとしてツアー優勝。日本中に広がった「藍ちゃんブーム」で生活は激変した。常にファンの視線にさらされ、街で帽子を目深にかぶっていても声をかけられた。ブームが頂点に達したのが、05年の日本女子オープンだ。最終日としては大会史上最多2万人超の観客動員を記録し、史上最年少(当時)の20歳3カ月で優勝。2位に5打差をつける圧勝だったにもかかわらず、「本当にプレッシャーがすごくて……」と声を詰まらせたシーンは語りぐさだ。

 日本を脱出するように米ツアーに参戦。そこでも全国紙、スポーツ紙、夕刊紙、専門誌、テレビ各局と常に報道陣が彼女を徹底マークした。私もその一人。ある大会では、米国の記者が2人しかいなかった狭いプレスルームに、日本の報道陣約20人が押しかけ、驚かれたこともあった。

 ただ、コースを離れれば、そこには自由があった。ロサンゼルス郊外に自宅を構え、試合のない日は友達と食事や買い物を楽しめた。米ツアー通算9勝、日本勢初の世界ランキング1位に輝けたのも、恵まれた米国の練習環境があったからこそだ。

 米国が「逃げ場」だったわけではない。沖縄県北部の東村で過ごした少女時代から、海のかなたのツアーは明確な目標だった。だから英語の学習も苦にならなかった。

 渡米直後、生中継のインタビューに堂々と答える語学力を既に身につけていた。米サンディエゴのテレビ局スタッフは「多くの外国人選手を取材したが、彼女ほど英語のうまい人はそうはいない」と評価する。

 日本のジュニア世代の課題は語学力だ。「国際試合に出場しても、コミュニケーションがとれず、孤立する。それが成績に響いてくる」と関係者は危惧する。

 ゴルフは技術だけではない。宮里が米ツアーで収めた成功から、若い選手たちが学ぶことは多い。(朝日新聞スポーツ部・畑中謙一郎)

週刊朝日 2017年6月9日号


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