ミッツ・マングローブ「怖! 『くん付け男子』たちのリスクと責任」 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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ミッツ・マングローブ「怖! 『くん付け男子』たちのリスクと責任」

連載「アイドルを性せ!」

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「くん」には、「純粋無垢な子供のままで」という願望が込められており、すなわち「くん」で呼ばれる男性は、いわゆる『処女』であり『清廉潔白』であり、時には『聖人君子』でなくてはならない (※写真はイメージ)

「くん」には、「純粋無垢な子供のままで」という願望が込められており、すなわち「くん」で呼ばれる男性は、いわゆる『処女』であり『清廉潔白』であり、時には『聖人君子』でなくてはならない (※写真はイメージ)

 ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「くん付け男子」を取り上げる。

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 相も変わらず、不倫だなんだとスキャンダル目白押しの芸能界ですが、私はちょっと羨ましくもあるのです。「倫理にあらず」なんて言われてみたい。元値が高いからこそ幻滅されるわけで、私のように女装してテレビに出るオカマなんぞ、所詮『不純の塊』。それ以上の真相や真実へのありがたみは無いに等しい、完全なる『スキャンダル・デフレ』の状態です。私は一生ベッキーにはなれない、それだけは断言します。

 のっけからやさぐれてみましたが、今日は『スキャンダルに脆い清純派』のお話です。正統派アイドルというのは、否が応でも清純を求められがちです。むしろ清純な幻想や願望を重ねられてこそアイドル。男女問わず、どんな噂が立とうと、汚れなき処女性が勝たなくてはならない。かつて『のりピー』が事件を起こした際、すでに40近い子持ちであるにもかかわらず、やたら『清純派アイドル』と書き立てられたのは、漠然と更新され続けてきた『のりピー的イメージ』と、事の衝撃とのギャップが余りにも大きかったせいで生じた『錯覚』だったと言えます。「あの、のりピーが……!!」の「あの」は、もはやあの時点では消失しかかっていたと思うのですが、「そうであって欲しい」という願望というのは、言わば永遠なのです。

 種類は違いますが、それを痛感したのが、昨年の『乙武くん騒動』でした。日本中が、ここぞとばかりに「まさか」「嘘でしょ?」「裏切られた!」と叫ぶ権利を得たような、あの空気は凄まじかった。いったいどれだけ清廉潔白なイメージの上に『乙武くん』は成り立っていたのかというメカニズムをひもといていくと、いろいろと複雑な気持ちになると同時に、そんな健全で幼気(いたいけ)で汚れなき『乙武くん像』を武器に、世間との関係性に腹を括って生きてきた彼の逞しさ、潔さ、そしてしたたかさに、他人事ながら気が遠くなりました。


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