ジャーナリストの田原総一朗氏は、北朝鮮がしきりに行うミサイル発射の狙いは何か、金正恩の置かれている状況から推察する。

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 2月12日、安倍晋三首相がトランプ米大統領と彼の別荘で夕食を取っていたとき、北朝鮮が弾道ミサイルを発射したという情報が入った。日米首脳会談をけん制するための発射なのだろうか。

 安倍首相はトランプ大統領とともに強い怒りを示し、北朝鮮に強硬な対応をすると強調した。だが、強硬な対応とは具体的に何なのか。北朝鮮はオバマ大統領時代にも、たびたびミサイル発射や核実験を敢行した。オバマ大統領は強い表現で非難したが、結局、何の行動も起こさなかった。一方、トランプ大統領は具体的に北朝鮮に攻勢をかけるか、逆に金正恩と会談などするのではないか、とみる事情通が少なくない。

 だが、ミサイル発射の話題はすぐに消えた。翌13日に、マレーシアのクアラルンプール国際空港で金正恩の異母兄・金正男が殺害されたからだ。衆人環視の空港で外国人女性らによる毒殺というスパイ映画のような手口に世界中が仰天した。

 金正男は北朝鮮の2代目の首領・金正日と成恵琳との間に生まれた長男で、ある時期まで後継者と目されていた。だが、その後金正日は高英姫と結婚して金正哲や金正恩が生まれ、三男の金正恩が3代目の首領となったわけだ。

 小泉純一郎政権時代の2001年、金正男が偽造パスポートで日本に不法入国を試み、成田空港で拘束される事件が起きた。私は田中真紀子外相(当時)に「なぜ、彼を自由に行動させて、どこに行くのか、どんな人間たちと会うのかチェックしなかったのか。空港で拘束して強制退去させるなどもっとも愚策だ」と言ったものだ。金正男に会った人たちは誰もが、彼は明るくてウィットに富んだ人間だと評する。

 
 それにしても、金正男はなぜこの時期に殺されたのか。暗殺犯は男女6人のグループで、主犯の男たちはマレーシアを脱出し北朝鮮に帰ったとみられている。となると殺害を命じたのは金正恩で、金正男が自分に取って代わるのを恐れたということなのだろうが、なぜ、政権が発足して5年になるいま実行したのか。

 金正恩は政権2年目の13年に叔父の張成沢を処刑している。張成沢は金正恩を全面支援していた。処刑の理由は国家転覆をはかったためとされているが、北朝鮮の事情通たちは軍部のストーリーに金正恩が乗せられたのだろうとみている。となると、非常に猜疑心が強い、危なっかしい人物だ。現に「週刊朝日」3月3日号によれば、彼は12年に3人、13年に約30人、14年には約40人、15年には約60人の幹部を粛清したという。粛清の数がどんどん増えている。今年1月には粛清側のトップ・金元弘国家保衛相が解任され、次官級を含む同省幹部多数が処刑された。もはや北朝鮮に金正恩が信用できる人間はおらず、彼はストレスの塊になっているはずだ。

 北朝鮮がしきりにミサイル発射や核実験を行うのは、米国を攻撃するためではない。1発でも米国にミサイルを撃ち込めば、米国の全面攻撃で北朝鮮が崩壊することは、金正恩もわかっているはずである。金正日が核開発を始めるとブッシュ大統領が危機感を抱き、03年から米、日、韓、中、ロとの6カ国協議が数回開かれた。金正恩はその再現を狙っているはずだ。とはいえ、ストレスが高じて彼が正常な判断を欠き、米国に向けミサイル発射を命じるなんてことが起きなければ良いが。

週刊朝日 2017年3月10日号

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田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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