右肩と首と腰にも慢性的な痛みを抱える黒田はベンチに下がって治療を受け、再びマウンドに向かう。赤いユニホームをまとったファンは、その姿を祈るような表情で見つめていた。

 しかし、3球投げたところで黒田の唇が「ダメですね」と動いたように見え、投手コーチが手で×印を作った。両太もも裏にまで張りが出たらしい。

 5回3分の2を投げて4安打1失点。しっかり試合を作り、「自分の気持ちだけではいけない。無理してチームに迷惑をかけるのはよくない」と自ら決断しての降板だった。試合中にもかかわらず、両チームのファンから拍手が送られた。

「一挙手一投足が試合の勝敗以上に見る者の心を打つんです。あの日の登板で技術的にもすべて出そうとしていましたよね。インコースの球の出し入れは芸術的で、気迫が伝わってきました。男としての生き様が表れているんです。こんな選手は、彼ぐらいしかいないでしょう」

 こう語ったベテラン記者は、引退後の黒田を「松井秀喜のようになる」と予想する。

 家族の住む街(米ロサンゼルス)に戻ってノンビリするだろう、というのだ。

「カープのキャンプで臨時コーチをすることはあっても、たぶん、監督やコーチにはならないと思いますね。松井と同じで、気遣い、心遣いの男ですから。人の邪魔をしない、迷惑をかけちゃいけない、と考えるタイプなんですよ。たとえ球団やファンから請われても、一度辞めてメジャーに渡った人間だから……という遠慮があると思うんです。米国で大いに稼いであくせく働く必要がない上に、カープの指導者にでもなれば、カープで現役を全うして指導者になろうとしている仲間の椅子を、一つ奪うことになってしまいますからね」

 一方、今が伸び盛りの大谷は近い将来メジャーに挑戦する、と見られている。まず、今回の日本シリーズのことはメジャーでも、あの黒田と渡り合ったのか、と話題になるだろうから、メジャー側の評価はグンと上がるはず。渡米のタイミングは、日本ハムで7年間プレーして海を渡ったダルビッシュ有の最後のシーズンの年俸(推定5億円)が一つの目安になる。

次のページ